第1章 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現
この章の目次
このような広域的な、全ヨーロッパ的規模での社会的分業(つまり諸産業の物質代謝の結合)の組織化のためには、巨大な資金力、情報の独占、金融能力、輸送手段の掌握、政治的交渉力が必要であった。こうした経済的兵站装置や権力を備えていたのは、富裕な遠距離貿易商人たちだった。
とりわけ、王権や領主権力への接近が商業資本の経営力量を左右した。というのは、当時の交易路は大小さまざまな多くの君侯や領主の支配地を横断していたため、遠距離商業は各地の領主や王権による貿易特許の承認や輸送・交易の安全の法的・軍事的保証を必要としたからである。この保証=特権は、領主や君侯への税や賦課金の支払いによって買い取られたのであり、領主層から見れば、有力商人層との接近は豊かな財源の獲得につながった。
つまり、経済的交換や分配を支配する力は必然的に軍事的および政治的権力と結びついて、「権力の結集としての資本」を生み出したのである。このような環境・条件を創出できる政治的・経済的諸力またはその結集状態のことを、フェルナン・ブローデルは〈資本主義 Capitalisme 〉と呼んでいる〔cf. Braudel〕。
つまり、しばしば聖俗貴族・王権と結託して自らの特権的優位を打ち固めながら、各地の手工業者や商人を支配し、広域的な視野で通商システムを組織する大規模商人階級の権力である。このような権力の軸心がヨーロッパのあちこちに生まれていった。
中世ヨーロッパでは、特定の製品を生産したり販売したりする権利は、君侯や領主、都市支配団体によって税や賦課金などの見返りと引き換えに諸個人や団体に認められた排他的な特権・独占権であった。生産活動や通商活動に対する承認(独占権や特権の付与)は、君侯や領主、都市にとっては財政収入を確保するための大事な手段であり、生産と流通は、その活動が営まれる空間を軍事的・政治的に支配する権力者と結びついた構造をもっていた。
したがって、商業活動の集中・集積は権力の集積と直結していたのだ。
このように遠距離貿易システムが形成され、各地の軍事的・政治的支配者と結びついた有力な上層商人に経済的権力と富が集中するのにともなって、各地の支配者や上級商人層のあいだに存亡を賭けた競争や紛争が引き起こされた。既存の支配秩序が揺らぎ始め、秩序の再編成をめぐる闘争がもたらされることになった。
というわけで、それまでは局地的に分立・自立していた中世的な政治単位の多くが、地理的に広大な単一の流通圏域のなかに投げ込まれたため、互いに生き残りを賭けて戦うことになった。こうした混乱のなかでは、勢力圏や権益の再分割をめぐる闘争が不可避となった。
では、ヨーロッパ世界市場の形成をもっと立ち入って見てみよう。
すでに13世紀には、末期の十字軍運動が、地中海貿易ルートの拡大をめざす北イタリア諸都市、とりわけヴェネツィア商業資本の利害によって支配された征服・略奪運動に転化したように見える。それは、もはや中世的・封建的性格を脱ぎ捨てて、貿易戦争 Handelskrieg ──流通過程を支配・掌握しようとするヘゲモニー争奪戦──という性格を帯びつつあった。
イベリア半島ではレコンキスタが進展して、カタルーニャは地中海西部に独特の貿易帝国を形成した。キリスト教徒が支配する地中海世界は拡大し、地中海をめぐる交易網が築きあげられる。
こうして確立した地中海貿易圏のなかで、北イタリア諸都市がヘゲモニーの争奪戦を演じていく。ヴェネツィアとジェーノヴァの角逐をつうじてヴェネツィアの優位が築かれた。これらの都市はといえば、小規模ではあったが、有力な商人貴族による寡頭制ないし君主制によって統治された領域国家を形成しつつあった。とはいえ、拡大していくヨーロッパ世界市場のなかでは、それらの都市国家は、政治単位としては小さすぎることがやがて証明されることになる。
他方、14世紀から15世紀にかけて、北西ヨーロッパではフランデルン地方を軸心にして北海および大西洋岸諸地域とバルト海貿易圏とが融合していく。この貿易圏で当初ヘゲモニーを握っていたのは、ハンザ同盟諸都市の商人だった。彼らは、バルト海沿岸のスカンディナヴィアやポンメルン、北ドイツ、ユトランド半島、ライン河流域、英仏海峡の両岸などの諸地方の間に特産物交易を組織していた。
そのなかでも、商業・金融およびマニュファクチャー製造業の集積地はフランデルンだった。この新たに出現した貿易圏を「フランデルン=バルト海貿易圏」と呼ぶことにする。
14世紀から16世紀にかけて、この2大貿易圏がさらに融合してヨーロッパ世界経済が生成する。この転換の結果、ヨーロッパの軸心は決定的に北西(ネーデルラント、イングランド南東部、フランス北東部)に傾斜していった。そして、イベリアの諸王朝による大西洋航路の開拓と新たな交易路の出現によって、経済的繁栄の軸心はさらに北西に傾き、さらに大きな格差をもたらした。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成