第1章 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現
この章の目次
ヨーロッパの権力者のあいだの闘争は戦争技術──兵器体系、軍隊の組織、戦術、戦略など──の発達をもたらした。高度化した戦争は、戦争遂行の費用も上昇させた。兵器の調達、防御設備の設営、軍隊の訓練、兵士への報酬、兵站線の確保など、数えあげればきりがない。
こうして結局のところ、戦争遂行能力を効果的に組織し管理するためには、既存の貧弱な行財政組織では間に合わなくなった。
多額の出費をまかなう財政資金を調達するためにも、軍事的対抗のなかで生き延びるうえで統治の中心地から遠いところに防衛線と兵站線を維持するためにも、より大きな領土が必要になった。より広い領土はより複雑な統治機構を必要とするし、費用もかさむ。租税や賦課金の調達、金融家からの融資、課税についての有力市民層からの同意の調達・・・・・・というように、国家形成をめざす主体(君侯たち)に求められる課題は山積みだった。
このような状況は、成長しつつある商業資本にとっては、権力者と結びつき、いろいろな特権や恩典と引き換えに資金を提供し、この特権を政治的に保護してもらうためのチャンスでもあった。
以上の文脈において、生存闘争のなかで成功したのは、強力な軍事力とそれを支える財政能力と統治能力をもつことができるようになった君侯だけだった。この時期以降の戦争では、比較的規模の大きな、しかも最新の兵器を動員できる軍隊でなければ意味がなくなってしまった。ますます規模と強度が大きくなっていく戦役で効果的に戦うことができるような兵器と兵隊をそろえ、訓練するためには、巨額の費用が必要になった。
各地で頻発する紛争・戦役には戦争の専門家が投入されなければならない。だが、国家形成が始まった頃には、まだ有力な君侯といえども、こうした軍隊を常備する財政力も、軍隊を戦闘能力と規律を備えた組織として統制する体制をもまだ備えていなかった。君侯たちは、領土内で有効な徴税や借入などの資金調達を行う官僚組織や軍制をもたなかったということだ。
それを補ったのが、傭兵制度である。兵器の調達や訓練の費用は、傭兵事業の経営者・指揮者に支払われた報酬と略奪品・戦利品からまかなった。
多くの場合、傭兵隊は戦場近辺の都市や農村から、略奪や威嚇によって食糧や物資を補給した。みさかいのない暴力よりも、略奪を抑制するから貢納しろ、という「統制された収奪」の方がずっとましだった。
領主による農民村落の防衛という統治の軍事的義務はすでに消滅していたか、領主はすでに軍事的能力を失っていた。
傭兵制度とは、主要な軍事力が個別領主の手から離れ国民国家の中央権力に独占されるまでの長い過渡期に対応した武装形態だった。
戦争を遂行する手段としての軍事力は、普通の個別領主の手から遊離して、純粋に商業的原理(利潤指向)にもとづいて全ヨーロッパ的なスケールで活動する戦争請負い業者によって掌握されるものになった。利にさとい領主=商人が、傭兵というリスクは高いが割のよいビジネスに手を出したのだろう。
こうして軍事力は、もはや個別領主――かつては戦士階級であるという伝統が正当性の根拠であった――の土地支配の属性ではなくなった。以後、16世紀までには、戦争は国家形成をめざす君侯や王権のあいだの競争に付随する、きわめて収益性の高いビジネスとして成立していく。
兵器や装備、船舶、食糧をはじめとする軍需物資の需要は、当時の製造業・農業の生産物のうちのかなりの部分を飲み込んだ。兵器や船舶の開発が、製造業での技術発展を導いた。軍需がヨーロッパ経済の成長と通商網の発展を促進した。そこに巨大な社会的な物質代謝の循環運動が生じたという意味では、戦争は経済的ビジネス、経済活動でもあったというべきだ。
ところで、傭兵からなる軍隊への報酬は現金で支払われなければならなかったから、君侯の財政機構にはつねにそれなりに多額の貨幣=貴金属が備蓄されていなければならなかった――常備軍をまかなうほどには巨額ではなかったが。このような財源の大部分は、交易からの収益や、商業資本の利潤への課税ないし賦課金、そして何よりもこうした歳入を担保とした金融(貨幣取扱い)商人
money merchant からの借款によってまかなわれた。
君侯の直轄領または彼が実効的な支配をおよぼしていた都市への賦課金、あるいは特権や独占権の見返りとして都市代表団体や商人団体が差し出す特別援助金・税金などから、資金が捻出されたのである。なかでも桁外れに巨額の融資は、大金融家――北イタリアや南ドイツの大商人――から与えられた〔cf. Howard〕。
こうして、戦争の発達にともなって租税や公債という制度――うぞうむぞうの国庫にたかる寄生者の利権を含む──が形づくられていく。それゆえまた、王や君侯たちの戦時財政をまかなう資金調達市場や公債に投資する金融家たちの権力が形成されていくことになる。
ところで、君侯や王権の信用と資金調達能力そのものは、その統治能力に依存するものであって、君侯が利潤のあがる産業を抱えた地域を実効的に支配――そのための行財政装置を組織――していればこその恩恵であった。
D.C.ノースによれば、貨幣経済と交易の拡大とが政治的単位の規模の拡大を必然的にしたという。そのような変化を導いた要因は、
①中欧からの貴金属の流入が引き起こしたインフレイションによる物価上昇のなかで、相対的な地代収入の減少が領主の収入を低下させたこと
②秩序維持のためのコストが上昇し、政府存続に必要な財政支出の規模が増大したこと──とくに、恒常的な、訓練された、組織的で系統的な指揮を必要とする軍隊と装備を維持するため
だという。
このような財政支出を可能にする手段の1つは、君侯政権の支配・規制のおよぶ地理的範囲をできるだけ拡大すること、つまり戦争と征服であり、もう1つは、統治権がすでに名目上およんでいる地域の内部で統合を強め、経済的剰余を財政資金として王室にかき集める力を強化することである。つまるところ、いずれにしても政府財政の新しい歳入源泉の獲得、すなわち新たな課税、特権と見返りの賦課金、商人貸し付けの利用である〔cf. North〕。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成