ヨーロッパの解放 目次
リアリズムとプロパガンダ
映画の見どころと分析視角
ソ連型リアリズム
リアリズムとは何か
東部戦線の特異性について
西部戦線から東部戦線へ
ナチズムを甘く見たソ連
ドイツ軍の破竹の侵攻
スターリングラードの死闘
クルスクの戦闘
クルスク戦の実相 @
クルスク戦の実相 A
ドゥニエプル渡河作戦
驚くべき奇策
河畔の激戦
ドゥニエプル渡河の戦略的な意味
パグラチオン作戦
罠にはまったヒトラー
戦車の歴史の1断面
T-34の優秀性
過剰適応の失敗 T-54/55、T-62
乗員の生存率を最優先とする設計思想
T-34のデビュー
T-10/JS型戦車について
「ヨーロッパの解放」以後の戦争映画
おススメのサイト
異端の挑戦
炎のランナー
戦史・軍事史
史上最大の作戦
パリは燃えているか

T-10/JS型戦車について 時代遅れの重戦車

  この映像だが、動かせるT-34が少なかったせいか、画面の片隅に(ほんの一瞬)なんとT-10(ヨシフ・スターリン型戦車)が登場しているではないですか! 大戦車戦の映像のためには、よほどに戦車の台数が足りなかったのでしょう。車体が低くて小さく見えるが、主砲まで入れると、車体長はT-34よりも2m近くも大きいように見えます。「幻の名(迷)戦車」です。
  大まかな形を見ればわかるとおり、T-10型/JS型はT-34の発展型ともいえます。曲面装甲で改良した傾斜面装甲という基本形が残されています。
  この型の戦車は、車体本体の長さは7.8mもあるのに、車体高は2.5mもないのです(たぶん2.3メートルほど)。そして、平たい丸みを帯びた砲塔は車体の先端近くに設置してあります。これは、T-34系列の設計思想で、被弾性能・防御能力を高めるためだと思われます。この砲塔に搭載されているのは、口径120mmから125mm砲で、1945年〜55年頃には、世界で最大の戦車砲でした。

  ごくわずかの台数が試作品だったが、第2次世界戦争にも参加したらしいです。
  本格デビューは、1946年のモスクワ戦勝記念パレイド。その後、55年頃まで軍事パレイドに戦車の花形として加わり続けました。ただし、実戦への投入の記録は公表されていません。
  ただし、125mm主砲は、1940年代後半から末にかけて、西側をいくらか震撼させたようです。なにしろ、おそろしく低い車体なのに、車体と主砲がものすごくでかいのです。低いシルーエットはまるで、大型のクワガタムシで、その頭の部分だけはカブトムシの角のように巨大な主砲が聳えています。被弾性能はものすごくよさそうです。

  しかし、大きな主砲をこの低く狭い空間に収めると、当時の技術では射撃の正確性、装填や照準の精度・迅速さは大きく犠牲にされたるほかはなかったでしょう。搭乗も砲塔内が狭くて苦痛だったでしょうし、主砲の照準制御、砲弾装填と交換・排煙などの機構もかなり性能が劣っただろうと見られます。
  「戦場への投入」に関しては、これまた1968年のプラーハの春革命の弾圧のために投入されたという記録が残っています。とはいえ、主砲の実射撃については、謎のままだということです。


  ところが、西側では1960年代中頃から後半、主砲や車体がただ大きいだけの「重戦車」の思想・戦略・戦術はもはや古臭いものとして葬り去られていきました。西側では戦車タイプの分業化が進み、主砲が大きい戦車として大口径の榴弾砲・臼砲を搭載した砲戦車が開発配備され、主力戦車とは別の系統になっていきました。
  この頃の西側の戦車で有力だったのは、ブリテンのチーフテン、フランスのAMX-30、ドイツのレーオパルトなどで、これらは、陸軍主力制式戦車(レギュラー・メインタンク)と位置づけられました。
  チーフテンはかなり大きいが重戦車という位置づけはありません。むしろ、陸戦では、射撃精度が高く破壊力の大きな、なおかつ高度な防御性能をもつ、オールラウンドな主力砲撃兵器として位置づけられています。
  前線でこれを補完する小型の戦車、重機関砲の戦車・装甲車両などと混成されて、それぞれの役割を専門的にこなすような戦術体系、戦略のなかで用いられるようになっていきました。
  これは、西側のほかの主力戦車にも当てはまります。

  その意味では、T-10/JS型は、時代遅れの戦車となってしまいました。ソ連の工業=軍事技術の遅れや閉鎖性が、すでにこの段階で明白になっていたということです。
  そもそも低いシルーエットという形状での被弾性能の追求は、複合化し高度化した主砲の射撃制御システムの格納や戦車兵の生命や身体の尊重という点から見ても、もはや限界を見せていました。やはり「虚仮脅し」の兵器だったようです。この型の戦車開発は袋小路に追い込まれると、ソ連汚染者開発路線は迷走し、T54/55型をとにかく大量に製造することになったようです。
  それでも、この方向での性能の追求は、T-72でも基本的に変わっていません。1945年辺りをもって、戦車大国としてのソ連の地位は失われてと見た方がよさそうです。

  さらにその後、ブリテンのチャレンジャー、ドイツのレーオパルトU、アメリカのM1A1(エイブラムズ)、日本の90式などのように、西側の主力戦車は大型化し、複合装甲で被弾性能を高め、完全コンピュータ制御の滑空(滑腔)砲(超高性能のマイクロコンピュータを内蔵した砲弾)で射撃精度を著しく高めていきました。
  この40年間はソ連・ロシアの戦車の技術は、西側から大きく立ち遅れているのです。

  とはいえ、アメリカのM1A1戦車は、ものすごく性能は高いのですが重厚長大で、2500馬力もあるガスタービンエンジンでは大変に燃費が悪く、いつも戦車隊にくっついて装甲ガスタンカー(燃料補給のための大型装甲車両)を大量に投入しなければなりません。環境にはやさしいのですが。
  また飛行軌道制御のためにコンピュータ装置を内蔵した滑空砲弾は、一発数百万ドルという高額の割にまだまだ命中精度や信頼性が高くないので、作戦を財政的に圧迫することになります。
  ブリテンのチャレンジャー新型でも、主砲をコンピュータ制御のライフル砲を――滑空砲と並んで――メインにしているのも、コストパフォーマンスからいえば、ライフル砲弾の方がまだ命中精度と信頼性が高いためだということです。
  ということから、戦車開発でも局部的合理性を追求するあまり、戦術体系や戦略構想に対して大きな制約・負担になってしまうようです。この点では、現代の戦車設計思想もまた戦艦大和やビスマルク、ティーガーの轍にはまりかけているようにも見えます。これは最先端技術兵器の宿命かもしれません。
  日本の現在の制式主力戦車10型を見ると、戦車の大型化・重量化はすでに限界にぶつかってコンパクト化・軽量化への趨勢が始まっているようです。アメリカではエイブラムズの未来への発展型として、全体が炭素強化繊維製で、主砲の外形断面が正三角形、車高が2メートル、搭乗員は最大でも2名という試作品のシミュレイション設計が公開されたようです。
  車体の長さと幅がエイブラムズと同じくらいですが、重量は30トン未満で、軍のジェット輸送機でも運搬できるように設計されているのだとか。

前のページへ | 次のページへ |

総合サイトマップ

ジャンル
映像表現の方法
異端の挑戦
現代アメリカ社会
現代ヨーロッパ社会
ヨーロッパの歴史
アメリカの歴史
戦争史・軍事史
アジア/アフリカ
現代日本社会
日本の歴史と社会
ラテンアメリカ
地球環境と人類文明
芸術と社会
生物史・生命
人生についての省察
世界経済
SF・近未来世界