旧ソヴィエト連邦連邦の映画「ヨーロッパの解放」という作品群は、第2次世界戦争の東部戦線の推移を描いた戦史シリーズです。最前線の戦闘シーンやソ連軍によるナチスからの「ヨーロッパの解放」闘争の進展を、実物そっくりの兵器(戦車、大砲など)や多数の兵員を登場させて描いた超巨大スケイルの戦争映画です。
そこには、当時のソ連の「社会主義的リアリズム」という思想や方法論が駆使されています。登場する戦車などの兵器の実物感や迫力は圧倒的。しかし、作品としての取り扱いは、きわめて難しい作品群です(シリーズとしての公開は1970〜71年)。
「ヨーロッパの解放」シリーズは、扱い方が難しい作品群です。
このサイトでは、これまで戦史映画をいくつも話題にしてきました。私の視点としては、史実と映画作品の物語性・映像手法を比較関連させることで、限られた範囲とはいえ、近代史のなかでのそれらの戦争(戦闘)の意味や位置づけを描き出してきたつもりです。戦史や軍事史の研究者は、戦争映画作品をどのように観るのかを発信したかったのです。
その意味では、映画作品を通して、実際の歴史としての戦争・戦闘の実像=全体像を、読み物風に描き出そうと試みてきました。
ところが、この「ヨーロッパの解放」シリーズは、ソ連国家のイデオロギーの表明――つまりプロパガンダ性――と独特の鋭いリアリズムを合わせもつがゆえに、きわめて扱いが難しいのです。このサイトで取り上げるべき作品リストの最初にあったにもかかわらず、サイトへの掲載と公開がどんどん先延ばしになっていました。
この作品群は、東部戦線の真実を独特のソヴィエト型「社会主義的リアリズム」の立場から枠づけてはいるものの、とはいえ他方で、兵器オタクが垂涎しそうなほどにリアルな戦車、大砲、作戦の実態などを描き出しながら、戦場の地理的条件や気候風土、前線の兵士たちの過酷な運命を克明に描き切り、なおかつ戦闘場面や戦場の遥か背後で動く国家間政治(パウワーポリティクス)の文脈をも表現しています。
前線の兵士たちの苦悩と闘い(戦場場面はカラー映像)を描き、スターリンをはじめとするソ連指導部(首脳たちを描く場面はモノトーン映像)の戦争政策を一見称揚しているように見えます・・・が、彼らの軍政上の選択がいかに冷酷なものだったかも突き放して客観的に描いているように見えます。
しかし、そこに物語性は乏しいのです。散漫なほどに茫洋として過酷な世界が広がるだけでなのです。もちろん、戦略はスローガンとしては明確に描かれているが、映像のシークェンスで眺めると、実は索莫としてとらえどころがないのです。
私としては、いろいろ悩んだあげく、これまでと同様に、映画が描こうとした場面の背後にある戦史の全体像、個々の戦闘の意味・位置づけを分析する手法で扱うことにしました――映画制作の具体的な手法とイデオロギー的背景にも触れながら。
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