ヨーロッパの解放 目次
リアリズムとプロパガンダ
映画の見どころと分析視角
ソ連型リアリズム
リアリズムとは何か
東部戦線の特異性について
西部戦線から東部戦線へ
ナチズムを甘く見たソ連
ドイツ軍の破竹の侵攻
スターリングラードの死闘
クルスクの戦闘
クルスク戦の実相 @
クルスク戦の実相 A
ドゥニエプル渡河作戦
驚くべき奇策
河畔の激戦
ドゥニエプル渡河の戦略的な意味
パグラチオン作戦
罠にはまったヒトラー
戦車の歴史の1断面
T-34の優秀性
過剰適応の失敗 T-54/55、T-62
乗員の生存率を最優先とする設計思想
T-34のデビュー
T-10/JS型戦車について
「ヨーロッパの解放」以後の戦争映画
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史上最大の作戦
パリは燃えているか

クルスク戦の実相 @

  そして、映画ではソ連の戦車T-34の群が西に向かって突進していきます。映画でクルスクの戦場場面に登場するのは、T-34-85です。これは、1943年の夏から製造が本格化し始める新型で、それ以前の型よりも砲塔が大きくなり主砲は口径85o砲になっています。
  ところが、実際には、この戦場に投入できたのは(間に合ったのは)、T-34-76でした。この点が、目だって史実と違う点です。車体の装甲も薄く、砲塔も小さく、主砲は口径76.2mmだったのです。ドイツのパンターや、そして言うまでもなくティーガーに対しては、戦車それ自体の攻撃力や被弾した場合の防御性能(装甲厚)では、かなり見劣りします。
  それでも、この戦車戦ではT-34-76は、ドイツの戦車隊の攻撃を撃退できたのです。なぜでしょうか。
  その大きな理由は2つあります。
  ひとつは、戦車の台数=量で圧倒したからです。ウラルの工場では月産500両で、その生産量はドイツ軍をはるかに凌駕していました。ドイツ軍は、破壊しても破壊してもアリの大群のように平原の彼方から突進してくるソ連戦車に怯えることになりました。
  しかも2つめとして、戦車の主要な面(本体と砲塔の正面・側面)を傾斜面装甲によって防御することで、被弾性能を極限まで高める設計技術が適用されていたからです。
  その傾斜面装甲は、よほどの近距離からの砲弾に対しても装甲面に垂直に被弾あすることがないないようにして、砲弾を斜めに跳ね返し、砲弾の炸裂による被害を最小限にすることができたのです。


  そこで、とりわけティーガーに対しては、数台が取り囲むように、あるいは側方から体当たりして、擱挫かくざさせてしまうことができました。この戦線のティーガーは、大半がT-34に取り囲まれて衝突させられて、運動不能になり擱挫し、静止したところに装甲の弱い部分――側面や上面、後部――を狙って対戦車砲や手榴弾、戦車砲を持続的に撃ち込まれて、大破炎上していきました。ティーガーも真上や後方からの衝撃・底面からの破壊には脆かったのです。
  そもそも、ティーガーは金食い虫で燃費が悪く、弾薬も特殊で、それに見合った補給体系を構築することが困難でした。しかも数が少なかったので集中投入は無理で、こけ脅しにはなりましたが、実戦では大してものの役には立たなかったのです。ティーガー1台を動かすために、パンター戦車1個連隊の補給が途絶えることになったようです。

  さて、東部戦線の状況は、クルスクの戦闘で決定的に転換したように見えます。もちろん、この戦闘でソ連軍が圧倒的な勝利を収めたわけではありません。戦況全般の緩やかな構造転換であって、それは東部戦線だけの状況によってもたらされたものではなく、北アフリカ戦線、地中海(イタリア)戦線、北海・大西洋戦域、西部戦線などの状況の総体が織り成したものでした。それゆえまた、後戻りのきかない転換でした。
  枢軸同盟、ことにドイツが「電撃戦のノリ」で戦争を長期化し、持続可能な期間の限界をはるかに超えて戦線を拡張したがゆえに、いずれ避けられない事態でした⇒このサイトの記事「史上最大の作戦」参照)。
  ここでは東部戦線の状況だけについて見ておきます。

  T34を捕獲し調査したドイツ兵たちは、そのつくりのあまりの単純さに驚き、これではドイツ戦車の前にひとたまりもないだろうと蔑んだといいます。ドイツ軍では戦車はきわめて複雑で高度な設計で、車両の操縦も主砲の照準操作も複雑で難しかったのです。知性の高い兵士を長期にわたって教育訓練して、ようやく戦車兵として搭乗させることができたのです。戦闘機兵と同じくらいのエリート兵種でした。
  ところが、ソ連の戦車兵はわずか数週間の訓練で最前線に投入され、T34を操縦することができるようになりました。レバーと簡単なハンドル操作だけで運転できたのです。主砲の弾薬装填と照準なども覚えやすく、その設計思想は、現代のアメリカ陸軍制式戦車A1エイブラムズにも受け継がれています。

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