さて、ミュンヘン惨劇の犠牲者(の棺)がイスラエルに帰国すると、数万の群衆に迎えられて盛大な国民葬になった。テレヴィでは、犠牲者の1人ひとりの人物像や経歴を紹介した。
この物語の主人公、アヴナー・カウフマンは身重の妻とともに、この葬儀の実況中継と追悼の番組を観ていた。
映画では、この追悼シークェンスとのカットバックで、イスラエル当局が「報復テロル」の標的とした11人のパレスティナ人の顔写真が描かれる。情報部の担当者たちが顔写真を特定=照合していく。
Dr.マフムード・ハムシャーリ、アブ・ダウド、ワーイル・ズワイテア、Dr.バシル・アルクバイシ、カマール・ナセル、カマール・アドワン、アブ・ユーセフ、モハメード・ブーディア、フセイン・アルヒル。
そして、最後に登場するポ−トレイトこそ、アリ・ハサン・サラーメだった。この男は、ミュンヘンのテロルを含む最近の「黒い九月」による一連のイスラエル攻撃作戦の立案と組織化を指導してきた。「首謀者のなかの首謀者」だった。
その頃、首相公邸では、メイア首相と軍および情報部の幹部が一堂に集まり、この11人の標的を葬り去る順番を検討していた。
そして、この報復作戦が首相府の決定とされるや、モサドの職員、アヴナー・カウフマンを作戦ティームのリーダーに据えることになった。ただちにアヴナーをこの会議に呼ぶことになった。彼を自宅まで車で迎えに行ったのは、モサド長官のツヴィ・ザミール将軍だった。つまり、首相と軍・情報部のトップだけしか関知しない極秘活動だということだ。
首相公邸に現れたアヴナーは、首相や軍ならびに情報部の幹部たちと面談したが、任務についての質問は1つも発しなかった。だが、それがきわめて困難で孤立した、つまりはイスラエル政府との関係を示すいかなる保護や支援、協力も得られないものであることは、察知できた。
面談は短時間で終わった。
そして、具体的な行動の打ち合わせが待っていた。ブリーフィングの担当者は、エフライムという男だった。エフライムは、アメリカの国務長官だったキッシンジャーを思わせる怜悧でやり手の官僚のような雰囲気を持っていた。
エフライムは海岸沿いにアヴナーを連れて歩きながら、今回の作戦を説明し、注意事項を伝えた。
この「汚い」「唾棄すべき」作戦には、公式上イスラエル当局は一切関知しないものであること。それゆえ、財政資金は渡すが、そのほかについてはいかなる支援も与えないこと。標的の所在の探索や襲撃工作は、アヴナーが率いるティーム自身でおこなうこと。したがって、作戦中に敵に捕らえられても救出にはあたらない、つまりは見殺しにしてイスラエルは一切の関係を否定するということ。標的の追跡や抹殺行動はすべてヨーロッパでおこない、中東や東欧などに行ってはならないこと。などなど。
そのあと、モサドの秘密作戦の資金管理を担当する経理主任に引き合わされた。その経理主任は、スイスの銀行連合をつうじてフランス人名義で25万ドルを振り込むから自由に使ってよいと伝えた。ただし、すべての支出について領収書を添付するように求めた。非合法活動なのに、金を払った相手からレシートを受け取れ、というのだ。まるでユダヤ人の銀行家そのものではないか。