アヴナーたちは、「黒い九月」の力を削ぐためにアテネに行くことになった。
真夜中近く、アヴナーのティームは、寝る場所を確保するために、ルイに紹介された場所に行ってみた。テントがいなくなって久しい、廃墟同然の空き家だった。2階に上がってみると、ベッド用のマットが用意してあった。
ところが、それを敷いて寝る準備を始めたところに、何人もの足音が近づいてきた。階下から階段を昇り、廊下を歩いてくる足音で、この部屋をめざしている。
最初にスティーヴが気がつき、アヴナーらに警戒を促した。5人は銃を構えて、待ち伏せた。ドアが開いた。アヴナーたちは銃口を向けて誰何した。
相手側もただちに銃を構えて対峙した。
彼らはPLOのメンバーだと名乗った。
PLOの「黒い九月」の幹部狩りをしているアヴナーのティームとPLOのメンバーとを同じ隠れ家でバッティングさせるとは!
ルイの手配はいい加減なのか、意図的なのか?
対峙した双方の陣営は、互いに威嚇しながら、相手に銃を下ろすように迫った。そのとき、ロバートがとっさの機転で、自分たちも混成のテロリストグループだと名乗った。
自分はETA(ヴァスク独立派の武装組織)で、ハンスはIRA、アヴナーはドイツ赤軍派(バアダー・マインホーフから改組)、スティーヴは南アフリカの過激派(アフリカ評議会)のメンバーだ、と。
「呉越同舟」で一夜を過ごすことになった。
アヴナーはPLOの若者から議論を仕かけられた。
「結局のところ、ヨーロッパの革命派や過激派は、自分の国( home )を持っている。ところが、われわれにはいまだに「自分の国」がない。その苦しみを、君たちは理解していない。そして、ナチス時代の戦争犯罪の罪悪感から、君たちドイツの左翼はパレスティナ民衆の悲惨さには目をつぶって、イスラエルとユダヤ人に同情的だ」と。
論争のなかで浮かび上がったのは、パレスティナ住民は自分たちをを国民としてまとめあげて保護する国家を切実に必要としているということだった。アヴナーにとって、それは立場が反対側だが、かつてユダヤの民が希求した理想と同じものだった。
今、自分は国民としての存在と国家を守るために、彼らは国民と国家を手に入れるために、それぞれ反対側に立って対抗しているのだ。
さて、翌日、ハンスは金でギリシア人の家主を買収して、2階のムハーシの部屋に入り込んだ。ロバートが手製の爆弾をテレヴィに仕かけた。そして、アパートの近くの道路でムハーシが帰宅するのを待ち構えた。
そのムハーシにはKGBの護衛が付き添っていた。ソ連側としては、アルヒールという仲介者を失った今、ムハーシを何としても守り抜かなければならないからだ。ムハーシは、KGBの護衛とはアパートの入り口で別れて、階段を昇っていった。
PLOの武装要員も家の周囲に張り付いていた。昨夜、同じ空き家でいっしょになった男たちだった。アヴナーと議論した若者もいた。
彼が部屋に入るのを確かめてから、ロバートは無線で起爆信号を送ったが、何ごとも起きなかった。失敗だ。ただちに撤退すべきだった。
だが突然、ハンスが手榴弾を隠し持って車から抜け出してムハーシの部屋まで駆け上がって、ドアを開けて手榴弾(安全ピンを外して)を部屋に投げ入れた。そして、逃げ出そうとするムハーシを部屋に押し戻してドアを閉めて抑え込んだ。手榴弾は部屋の隅のテレヴィの下まで転がっていった。
一瞬後、手榴弾は爆発。テレヴに仕かけてあった爆薬も誘爆。凄まじい爆発で、部屋は吹き飛んだ。ハンスはドアとともに吹き飛ばされたが、頑丈なドアだったおかげで、打撲傷だけですんだ。
逃げ出したハンスを銃撃しようとしたKGBエイジェントを、スティーヴが撃ち倒した。イスラエルのエイジェントがソ連のエイジェントを殺したのだ。いずれ、トラブルの種になりそうな事態になった。
PLOメンバーも攻撃を始めた。
銃撃戦のなかで、アヴナーはあの若者を撃ち殺すことになった。ほかに選択がなかった。しかし、このことはアヴナーの心に癒しがたい疼きを埋め込んだようだ。