■2番目の標的、ハムシャーリ■
マフムード・ハムシャーリもまた、パリでは一目置かれるアラブ系知識人だった。考え方は進歩的で開明的、パレスティナにイスラム教から自立した民主主義的な共和国を樹立するという目標を掲げる、左派の歴史学者だった。
インテリのフランス人女性を妻にしていて、家庭では妻が主導権を握っていた。男が威張るアラブ風の権威主義は少しも感じさせない、ヨーロッパ化されたアラブ人に見える。夫妻には愛らしい娘がいて、ピアノを熱心に習っている。
マフムードは、パリではPLOの代表を務めていた。
ところが、モサドの調査では、やはりこの男も、「黒い九月」のテロルに深く関与する「裏の任務」にコミットしていた。彼の事務所兼自宅の倉庫は、テロリストたちへの武器の密輸ルートの中継点になっていたという。
暗殺の方法は、電話の受話器に仕かけた爆弾。
ある日、ロバートはマスメディアのスタッフと身分を偽ってハムシャーリの軸所を尋ね、電話を借りる振りをして、受話器に無線式の炸薬信管を組み込んだ小型の爆薬を仕かけた。
そして、翌日、ハムシャーリただ1人になる時刻を狙って爆発信号を無線装置で送ることになっていた。
ところが、その時間、ハムシャーリの娘が忘れ物を取りに家に戻っていた。
カールは、確実にハムシャーリを殺すために彼の事務所に電話を入れた。すると、たまたま戻っていた娘が電話に出た。カールはあわてて、仲間の車に駆けつけてロバートに送信をやめさせた。そして、ハムシャーリの事務所の様子を見張り続けた。
娘が事務所から出て送迎の車に乗り込むのを見てから、ふたたびカールは電話を入れた。標的の声が返ってきた。合図。送信。そして、凄まじい爆発。強い爆風が窓という窓から噴き出した。
重体のハムシャーリは入院先の病院で死亡した。そして、彼の死の間際の一言が、「これはイスラエル=モサドの仕業に違いない」だったという。それをきっかけに、「黒い九月」による反撃作戦が企図されることになった。
本来めざしていた破壊力をはるかに超える爆発だった。このときから、ティームのメンバーは、ロバートの爆弾製造の技術に疑問を抱き始めたかもしれない。
ところで、フランスでの暗殺作戦でアヴナーは、「闇の情報屋」のコネクションを利用した。窓口はルイという、小柄で端正な顔立ちの若い男だった。見るからに地中海系の民族の風貌。彼は、パリ郊外の田園地帯に暮らすファミリーの一員で、闇の情報ネットワークの渉外担当だった。
この家族やルイについては、映像はほとんど何も説明を加えていない。が、会話の内容や風貌、物腰からすると、一家の長(ルイの父親)はコルシカ島出身のようだ。彼は、ユニオン・コルスとのコネクションがあるようだ。あるいは、ユニオン・コルスのファミリーから引退したのかもしれない。
アヴナーは、彼らとの人間的儀礼を大事にして、やがて残りの標的についての情報も――もちろん高額の代価と引き換えにだが――彼らから手に入れていった。
もとより、このほかに、パレスティナ系テロリストにはヨーロッパの極左運動とのコネクションがあったから、そういう方面との接触もあっただろう。