ミュンヘン 目次
暴力と憎悪の連鎖
原題と原作について
見どころ
あらすじ
ミュンヘン・オリンピックのテロ事件
テロリストたちの要求、交渉の経過
大 惨 劇
されどオリンピックは続く
偶然の連鎖としての状況
イスラエル国家の意思表示としての報復
暴力の応酬
標的の11人
超法規的=非合法の作戦
作戦ティームのメンバー
容赦ない暗殺
容赦ない暗殺 続き
闇の情報屋稼業
大きすぎた破壊力
爆弾製造役の能力
方針の対立
ベイルートでの襲撃
ルイのファミリー
危ない回り道
変貌する作戦
CIAコネクション
CIAの妨害
策謀の交差
復讐のための復讐
パンドーラの箱
分 岐 点
運河での殺戮
崩壊し始めたティーム
隠れ家襲撃の失敗
PTSD
国家論の問題として
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軍事・戦史
史上最大の作戦
戦争の犬たち
空軍大戦略
医療サスペンス
コーマ
評  決

復讐のための復讐

  アヴナーたちは、カール暗殺の報復を決意した。だが、これはいわば「私怨」による殺戮であって、イスラエル国家が求めたものではない。
  しかも、カールの暗殺を直接担った殺し屋の抹殺というもので、その殺し屋に命令=発注を出した個人や組織に対してではない。この報復は、こうして手段の自己目的化でしかなかった。殺し屋への報復が何らかのメッセイジ性を持つとしても。

  カウンターテロリズムが、敵対者に対する対抗暴力であるかぎり、状況や力関係、心理状態や油断などによって仲間に犠牲が出ることは想定のうちのできごとだ。仲間の犠牲に対して、いちいち情緒的になっていては、国家が指揮・組織する軍事行為としての対抗テロルをビズネスライクに遂行することはできない。ゆえに私怨による復讐に乗り出すのは、この《国家の軍事活動》からの逸脱にほかならない。

  しかし、対抗テロルを担う個人は意思と感情を備えた人間であるかぎり、いかなる国家活動にも、そのような個人の意識や情緒、それゆえまた判断の主観性、感情移入、錯誤などは不可避的につきまとう。
  国家の軍事活動を担う個人の感情の爆発、あるいは未熟な個人の意識が、それゆえ、《国家の意思の発動》としての戦闘行為を歪め、その国家をめぐる状況が悪化することは、いってみれば日常茶飯事だ。
  というのも、戦闘行為や殺戮を担う人間の意志力や動機( driving force )は、その担い手のうちに敵対心や破壊に対する倫理的な抑制とか嫌悪感を一時的ではあれ見失ってしまえば、暴力や破壊・殺戮への陶酔とか暴発になってしまう傾向をもつからだ。
  つまりは、恐怖心や怒り、憤激が道義心や人道性を麻痺させるからであり、自己抑制をかける心理的装置や規範意識を――一時的にしろ――破壊してしまうからだ。暴力への抑制が失われてしまうのだ。
  戦場からの帰還兵が市民社会に戻っても、「平常な市民生活」を送れなくなってしまう要因の1つは、それである。

パンドーラの箱

  アヴナーはふふたたびルイのファミリーにコンタクトをとった。ヨーロッパで活躍している若い美貌の女殺し屋についての情報を求めたのだ。
  返事はすぐに返ってきた。ただし、今回の情報の引渡しには、ファミリーの長老ボスが同伴してきた。ルイの父親は、好意を抱いたアヴナーたちの作戦が変貌して、守るべき限界を超え出てしまっているという危惧を抱いたからだ。

  若い女性の殺し屋の正体はすぐに判明した。西ヨーロッパを活動舞台としているネーデルラント人で、本拠はアムステルダムだという。彼女は報酬しだいで、どの陣営からの依頼も引き受ける殺し屋で、いかなる政治的・思想的背景もないという。
  そして、今回の暗殺依頼は、KGBに違いないという。キュプロスで有能なエイジェントをアヴナーたちに殺されているからだ。しかも、アヴナーたちは2度にわたって、ソ連とPLOとの仲介者を抹殺し、KGBの面子をつぶしているからだ。

  これについて、ファミリーのボスは警告した。
「私たちが君らに売るための情報は、つまるところ誰かから報酬と引き換えに買い取ったものだ。裏世界の情報の取引きでは、情報の売り手は身の安全とか自分の情報ルートを保護するため、自分が売りつけた情報の行方や利用方法をトレイスする。
  私たちは、情報の裏(精度の確認)を取るために、いくつもの情報源にあたってクロスチェックする。こうして、君らに流れる情報にはネットワーク状の航跡が残ることになる。つまりは、君らの敵対者も含めて、裏情報のやり取りにからんでくる者たちは、いくつかの情報の航跡が君らの組織に続いていることを、早晩見抜くだろう。
  裏情報を買うということは、そういうリスクがともなうものなのだ。
  今回の事件はKGBの報復だろう。CIAもロンドンで君らを妨害した。つまり、君らの行動はもはやいくつもの陣営から見抜かれているのだよ。
  もうこの辺で、この作戦から手を引くべきだ。このままでは泥沼に陥るぞ」と。

  裏情報の世界へのドアはパンドーラの箱の蓋なのだ。ドアを開けると、あらゆる危険と災厄が降りかかってくることになる。

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