補章-1 ヨーロッパの農村、都市と生態系
     ――中世中期から近代初期

この章の目次

1 人口増大と農業

農業革命としての三圃制

農耕形態と村落形態

2 領主支配と所領経営

3 周縁の農業経済

4 商品経済化のさまざまな結果

遠距離交易と領主支配の強化

周縁での変化の波

農民反乱とレジーム変動

5 農村と都市をめぐる環境・生態系

森林破壊と生態環境の組み換え

寒冷化と農業危機、疫病

人口危機と再編トレンド

6 世界市場と諸国家体系の形成への動き

7 都市の形成と人口配置

8 宗教都市から商業都市へ

司教座都市

商人層の台頭

9 領主権力と都市

10 交易路と都市の成長

商人権力の成長

通商ネットワークの発達

都市と国家

2 領主支配と所領経営

  中世前期から中期(7世紀~10世紀)にかけては、多様な民族がヨーロッパを移動し、植民や開拓を進めながらも、衝突し合っていたので、農民定住村落と耕地を襲撃や略奪から守るための戦士階級による武装防衛が必要だった。
  定住部族の首領(部族公国の小王や豪族たち)は、防衛のために戦士階級を統率し、彼らの自助武装のために土地と村落=農民を支配する権利を分与した。戦士階級の武装や戦闘形態は騎馬兵で、やがて重層騎士が最も主要な兵種となった。これが領主=騎士の起源となった。
  これがフランク王国の統治や軍事の仕組みに引き継がれ、領主制が形成される。王は武力を担う戦士たちの軍役奉仕と引き換えに土地支配権を認めることになるが、これは、王が最高の封主となって家臣としての戦士たちに土地を授封するレーエン Lehen という封建法的契約関係として結晶した。そして、王の家臣たちは同じように自分の家臣たちに土地を授封するという階層的なレーエンが成立していた。土地支配権はこうして戦士の人格に与えられた特権となるが、やがてそれは家系世襲され身分となっていった。
  開拓開墾と農村建設を指導してきた修道院や教会の高位聖職者たちもまたフランク王との授封=臣従関係に編合され、彼らの土地支配や武装の権利は領主としての身分特権となっていった。

  領主が支配する農村の耕作地は、通常、領主留保地――領主が直接管理する土地で直営圃場と呼ぶ――と農民保有地とに分けられることになった。領主が武装や城館の保持をまかなうための収入は、基本的に、農民たちに週のうち何日かを領主直営圃場で労働させて生産した農産物を領有することによって獲得した。つまり、週のうち何日かは農民が自由にならない、言い換えれば領主のために強制される労働日だった。直営地には不自由身分の隷農あるいは体僕農民がいて、領主の直接に支配権のもとで労働していた。
  だが領主と農民=村落との力関係や耕作地の性質によっては、直営地の割合が小さく、領主は農民保有に農産物――またはそれを売った代金=貨幣――の一定割合を地代=賦課として納めさせるという領有形態もあった。いずれにせよ、農民生活の再生産に必要な量以上の生産物、すなわち剰余生産物を領主が領有=支配するということになる。

  ところで農村経済の発展の基礎には、領主が支配する所領の内部で開拓農民や自由農民や隷農が一定の土地と家畜や農具を(単独または共有で)保有管理する仕組みがあった。その基礎の上で、農民の経営能力に応じて現物地代を収取したり、週のうち何日かを領主の直営圃場で働くという賦役労働を課したりして、領主が剰余生産物を吸収(搾取)する安定したシステムが成り立っていた。
  農民家計の安定と村落秩序、そしてそれにおおいかぶさる形で成り立つ領主支配=所領経営という構図が成立する。
  とはいえ、この領主支配は村落団体に対する第二次的な支配関係であって、領主は一方的に農民を収奪できない仕組みがあった。農民の集団がつくりだした村落のしきたりや農業の運営方法を無視することはできず、その上に乗っかって領主支配が組織されたのである。

  さて、三圃制農法はより効率的な穀物生産を可能にしたから、ずっと大きな農民人口を支えることができたが、逆により多数の農民労働力とより組織だった農作業を必要とした。そこで、集住型村落がそれに適した集落形態になるとともに、比較的広大な耕地からなる所領経営をもたらした。
  11世紀から13世紀までの農地開拓と農業技術の進歩によって、北西ヨーロッパの農業生産性はそれ以前の世紀の2倍以上になった。その分だけ多くの農村人口はもちろん、非農業人口の生活を可能にし、農業以外の産業の発達を許容することになったわけだ。このことが、城砦、修道院、教会、大聖堂の建設、そしてその周囲の集落=市街地の拡大、つまり都市の成長を促した。また、植民・開拓による新村落の建設も進んだ。
  こうした穀物生産地帯では、共同体的規範をともなう集住型村落が発達したので、領主層としては、村落の集団的規制を利用した所領農民の賦役労働によって大規模な所領経営を行う条件がそろっており、それに対応した農業組織が成立しやすかった。
  領主にとっては、直営地経営は毎年、安定した経済的剰余を確保する見通しが立てやすかった。とはいえ、こうした所領経営の普及はある程度の商品経済の発達を前提としている。つまり、遠隔地の食糧需要を見込んで領主が収取した剰余農産物を買い取る商業、すなわち遠距離交易が出現しある程度成長していなければならない。
  というのは、大規模な所領経営は大量の剰余農産物をもたらすがゆえに、領主や君侯とその家臣たちが領地を巡回しながら現物を贅沢に直接消費するという仕組みには向かないのであって、一括して大量の剰余農産物を商人に引き渡して貴金属貨幣または商品と交換しなければ、直営地経営の利得が出てこないからだ。
  このような剰余生産物を貨幣に転換する仕組み、すなわち遠距離商業の発達が与えられれば、貨幣の獲得をそれ自体として追求する経営が動き始める。貨幣は、広壮な城館やら奢侈品という富や権力、権威を誇示する象徴を手に入れるための手段なのだから。
  大所領は遠隔地市場での消費欲求に対応した経営であって、遠距離商人との取引きを前提とする。そして、あれこれの所領は、商人によって組織される分業体系のなかにその非自立的諸環として組み込まれることになった。

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体目次 章と節◆

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブリュージュの勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望