補章-1 ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から近代初期
この章の目次
ヨーロッパ的規模で通商経路の成長を見ると、交易路は地中海から北西ヨーロッパに伸びていった。北イタリアからアルプス山脈を西回りに、あるいはローヌ河沿いに伸びる街道はシャンパーニュを経てパリ、フランデルンにいたり、さらに対岸のロンドンへと達することができた。やがて、フランデルンからライン河沿いに南進してバイエルンにいたり、あるいはドーナウ河を経てアルプスを東回りに峠越えしてヴェネツィアにいたる街道が盛んになっていった。
また、フランデルンを中心にして、バルト海・北海沿岸各地に向かう航路と大西洋を経て地中に向かう航路が発達していった。物資の結集地点としての諸都市を結ぶ街道や運河や航路のネットワークとして広がっていった。
交易経路には奢侈品や特産物が流れ込み、諸都市を定期市が循環し商人や民衆が離合集散する。
都市はいまや、商品物流の集積地として、それゆえまた保管・交換・決済などの機能の集積地点として成長することになった。
やがて、多様な商品の輸送や保管それ自体(物流)が、仲介商業=卸売業の一環として独自の産業となった。船舶の生産や倉庫・運輸施設の建設と運営が遠距離商業の非自立的部分として成立した。
⇒中世晩期ヨーロッパの交易路の絵地図を見る
輸送手段も発達した。13世紀中にイタリアでは、造船技術の革新が進み、弩で武装した大型のガレー船が出現し、それまでよりずっと速く、大量の船舶輸送を可能にした。そのため船舶輸送費が大幅に下がり、大容量で船積み輸送される穀物や羊毛など商品価格は60%以上も低下した。その結果、より所得の低い民衆向けの消費財の貿易も成長していくことになった。
毛織物、ワイン、ビールなどの特産物生産は大量輸送に向いていて、ある程度の大衆的消費を前提として成立する産業である。つまり、「大衆的消費」「消費需要の流行」の一定の兆候が現れたことを意味する。
中小規模の都市でも週市や年市が開かれ、農民も少しずつ商品交換と貨幣経済に参加し始めた。領主層は、それらを新たな税・貢納の収入源として把握していこうとした。
恒常的・反復的な商品交換が結びつけた諸地域は、穀物生産に重点をおく地域と羊毛、大麻、ぶどうなどの生産に特化する地域とに分化し、それらあいだに相互依存関係ができ、原料作物をもとにした手工業(繊維業・酒造業)が発達した。
手工業では、都市での熟練を要する造船や兵器製造、高級消費財、奢侈品の専門的な生産が、おそらく大衆消費財の生産に先行したはずだ。だが、やがて農村でのぶどう酒醸造や農閑期の季節労働による織物生産が出現する。
低級なあるいは大衆消費財の生産をめぐっては、ツンフト規制(参入制限)のない農村部では手工業の成長は速かったろう。農民副業としての手工業は、前貸商人の支配と統制のもとで組織されていった。
ところが、13~14世紀頃を転換点としてヨーロッパ全体の社会構造が転換し始め、都市は岐路に立つことになった。
構造転換の兆候のひとつは気候変動にともなう農業=食糧危機と疫病の蔓延、そして人口危機だった。もうひとつは、生成しつつあるヨーロッパ世界市場のなかで君侯領主たちの生存闘争が激化し、領域国家形成――戦乱の頻発――の動きが明白になったことだった。
有力都市は、周辺地域を政治的または軍事的に囲い込んで独立の政治体を形成するか、それとも有力な王権領域国家の統制に服するかの選択に迫られた。
つまり、都市自らが領域国家を形成するか、それとも領域国家に吸収されるかの道を選択せざるをえなくなった。大雑把に言えば、前者がイタリアやドイツの場合であり、後者がイングランドとフランス北部ないし王領地の場合であった。
私たちは一連の考察をつうじて、ヨーロッパの都市とその周囲におけるこのような商業資本の蓄積と権力構造の成長を考察し、そしてこのような文脈に絡めて諸国家体系の形成を描き出そうとしている。私たちの主な関心は、支配のシステムがどのように形成されたかということにある。
都市という構造に結晶化した商業資本の権力、その権力装置はどういうものだったのか、そしてヨーロッパ的規模におよんだその影響力が国家形成にどのようなインパクトや材料を提供したのか、こうした問題を扱うことになる。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
◆全体目次 章と節◆
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成