調査を始めて1日目にして、ウィリアムは、アデルモの死が投身自殺であることを見極めた。けれども、前途有望な、才能溢れた若い修道士をして自ら死を選ぶほどに追い詰めた原因を究明するまでは、自殺という結論を院長に報告するつもりはなかった。
すでに述べたように、相次ぐ怪死事件の背景となったのは、飽くなき知的探究心とそれに立ちはだかる神学上の禁忌との相克だった。
アデルモは、写本に細密画を描きこむ画家だった。彼は、風刺や諧謔、皮肉なユーモア溢れた絵柄によって、信仰や教会が本来あるべき姿やこの世の理不尽さ、それに立ち向かう宗教家の理想を巧みに描き出した。それはまた、この時代の状況からして当然、教皇や教会幹部の腐敗堕落した姿を痛烈に批判するカリカチュアとなっていた。
ウィリアムは、アデルモの才能と表現方法をヨーロッパ各地の修道院の図書施設で(多くの写本の挿画で)見ていきていて、その発想や方法論を高く買っていた。だから、ウィリアムは知的探究心と批判精神に富んだ若者が、何ゆえに自殺したのか訝った。原因と経過は、前に示したとおりだ。
ところが、翌日の朝、第2の怪死事件が発覚する。ギリシア語翻訳家のヴェナンツォが、豚の血を溜めてあった甕に逆立ちした格好で死んでいたのだ。不気味で忌まわしい状態に押し込まれた遺骸。これを演出したのは、ベレンガーリオだった。
ウィリアムは、中庭を検分して、文書館から屠畜・精肉場まで死体を引きずって運んだ足跡を雪上に発見し、アドゥソに写させた。ヴェナンツォの死は文書館の内部で発生したことを突き止めた。
それで、スクリプトーリウム(写字室)の探索をおこなおうとした。そこで、アデルモの細密画の意味合いをめぐる会話から、ウィリアムは長老ホルヘと熾烈な神学論争を繰り広げた。《人間の生活や信仰にとっての笑いやユーモアの意味》をめぐってだった。これこそ、連続怪死事件の本当の原因、つまりは事件の核心を衝く問題だった。
その日、ヴェナンツォは長老ホルヘを相手に、アリストテレースの『詩論第2編』に書かれている内容(笑いと諧謔の役割)について自慢げに語った。だが、ホルヘは反論しなかった。むしろ、ヴェナンツォが引き続き、さらに熱心にそのギリシア語の書籍を読むように仕向けた。
その結果、ヴェナンツォは各ペイジに塗りこまれた砒素を摂取し続けることになった。そして、その日の真夜中に写字室で悶死した。それは、ホルヘの目論見どおりだった。
続いて、ウィリアムの目をかすめて、ベレンガーリオが『詩論』を入手した。そのため、彼もまた重篤な砒素中毒に陥った。そして、薬湯入浴中に悶え死んだ。
そのさいも、ホルヘは『詩論』の本文の毒性については秘匿したままで、ベレンガーリオがむしろ砒素中毒に陥るように祈りつつ見守った。
さらにホルヘは、マラキーアを焚きつけてセヴェリーヌスを惨殺させた。じつはマラキーアはそれまで長い間、ベレンガーリオの同性愛の相手だった。ところが、最近、副司書はアデルモに懸想した。そこでホルヘは、さらにセヴェリーヌスにも秋波を送っているという虚偽をマラキーアに吹き込んだのだ。嫉妬に駆られた館長は、渾天儀でセヴェリーヌスを殴り殺したのだ。
そして、マラキーアに『詩論』を発見させて、これまた興味を掻き立ててその本を読みふけるように仕向けた。もちろん、砒素毒のことは教えなかった。かくして、マラキーアも悶死した。『詩論』に近づく者たちを死に追いやるという目論見は、自律的な運動のように進み続ける。
という真相にウィリアムは一歩一歩近づいていくのだが、前途は多難だった。
渾天儀とは、天の星の動きを観測するために天球の赤道や黄道、地平線や子午線などを示す器具(遠景の細い枠を回転させる)を――台座や台脚の上に――取りつけた装置。