そんなときに、師弟はレミージョに出会った。レミージョはもっとしたたかだったが、だいたいはサルヴァトーレと似た経歴だった。
おりしも、教皇はその地方の有力な君侯たちと同盟を計らって、反乱運動と化したドルチーノ派を捕縛殲滅するために、各地を流浪しながら反乱や掠奪を企てるドルチーノ派群衆の野営地を包囲した。サルヴァトーレは、命からがら逃げ出した。だが、立ち回りの巧みなレミージョは、密告者・内通者として、教皇派・諸侯の同盟軍の案内役となった。
その後、レミージョは運よくこの修道院の厨房係りとして雇われた。そこにたまたま放浪して通りかかったサルヴァトーレを、厨房の雑用係として雇うように院長に頼み込んだのだった。だから、サルヴァトーレはレミージョに深く恩義を感じていた。
その恩義を巧みに利用して、レミージョはサルヴァトーレを道具のようにこき使い操っていた。
そのうえ、僧院の食糧を分け与えることと引き換えに、若い村娘の肉体を手に入れていたのだが、その窓口役・取り持ち役としてサルヴァトーレを利用していたのだ。立ち回りが狡猾で自分の欲望には実に忠実な男だった…とはいえ、下層民出身のレミージョも同類としての小作人や農民には同情的で、ときには何の代償もなしに村娘に食糧を渡していた。「もちつ、もたれつ」の関係だ。
翌日、アドゥソはウィリアムの指示で、僧院の聖堂やら僧坊やら、あちこちの施設を調べ回った。納屋とか厨房の食糧倉庫がある棟で、こっそりレミージョとサルヴァトーレの動きを探っているとき、レミージョが突然近づいてきた。アドゥソは急いで隠れた。
レミージョは村娘に逃げられたので、彼女を探しにきたのだった。だが、アドゥソは隠密の捜査を知られてはならないないので、倉庫の暗闇に息を止めて潜んでいた。
ところが、アドゥソの隠れ場所のすぐ近くに村娘が隠れていた。驚いたアドゥソだったが、声を立てずに息を潜めていた。レミージョは倉庫のなかを探し回ったが、誰も見つけられずに出ていった。
薄暗闇だったが、彼女は美しい娘だった。その娘は、美男のアドゥソを見て、抱きついてきた。欲望のままに奔放に生きる娘で「たしなみ」も羞恥もあったものではない。これまた驚いたアドゥソだったが、なにしろ若者なので、すぐに欲望を抑えきれなくなった。というわけで、アドゥソはその娘と性交渉におよんでしまった。
真摯で禁欲的な修道僧の身であってみれば、アドゥソの生涯1人だけの女性で、1度だけの体験だった。ただ1回の美しい薔薇との契りの記憶となった。