ウィリアムもセヴェリーヌスも、ヴェナンツォとベレンガーリオの死体はともに指先と舌が黒褐色に変色していることに気づいた。ウィリアムが別の用件で沐浴室を離れたあとも、セヴェリーヌスは1人で死体の調査を続けていた。2人の死因は砒素であることに気づいた。
彼は、数年前に彼が管理する薬品棚から砒素の壜が盗み出された事件を思い出した。あの頃、セヴェリーヌスの助手だった若い修道士に砒素のことを尋ねていたのは、長老ホルヘだった。彼は事件の真相に大きく近づいた。
セヴェリーヌスはベレンガーリオが沐浴室に行く前に、入浴剤を持ち出すために施薬室に立ち寄ったらしいと推理して、施薬室を調べた。すると、棚のなかに『詩論』を見つけた。これは、決定的に重要な発見だった。
けれども、そのことをウィリアムに告げる前に、セヴェリーヌスは殺されてしまった。殺人者はマラキーアだった。以前、砒素の壜を盗み出したのも彼だった。
ところが、マラキーアは誰かに操られて、セヴェリーヌスを殺したようだ。彼を唆したのは、盲目の長老、ホルヘ・ダ・ブルゴスだった。
彼はベネディクト派のこの修道院の文書館長だった頃から、アリストテレースの『詩論』を教会・修道院関係者の目から秘匿することを自分の使命と考えていた。そのために、それが蔵書のなかにあることを隠蔽し、「アフリカの果て」という秘密の部屋に隠匿し、なおかつ所在を知った者が読む場合に備えて、本文ペイジに砒素を塗りこめた。
今後もこの秘密を守り抜く覚悟だった。
ところが、この修道院はにわかに、アヴィニョン教皇派と教会の清貧を主張する各修道会派との論争、さらには教皇と皇帝との権力闘争の焦点となってまった。異端審問法廷もまもなく始まるはずだった。そして、頭脳明晰で博学なウィリアムが訪れて、連続怪死事件の調査を始めた。蔵書の秘密が暴露するのは時間の問題となった。そこで、ホルヘはある決心をした。
『詩論』を世の中から隠し通すためには、文書館もろとも焼いて消滅させるしかなくなった考えたのだ。蔵書の焼失を見届けるために、ホルヘ自身も文書館と運命をともにするつもりだった。
さて、セヴェリーヌスから『詩論』を取り戻したマラキーアは、それをホルヘに渡し「アフリカの果て」という部屋に戻した。だが、彼も『詩論』にどんなことが書かれているのか知りたくて、真夜中に書庫に忍び入って読んだ。本文ペイジに毒が塗られているとも知らずに。
翌朝(異端審問の翌日)大勢の僧が集まって課業の礼拝を始めようとしたとき、マラキーアは突然悶え始めて倒れた。近くの僧が抱き起こそうとしたときには、こと切れていた。やはり、指と舌が黒褐色に変色していた。