さて、おりしも修道院での神学論争が展開しているとき、状況を一変させる事件が起きた。
サルヴァトーレが村娘を自分に惚れさせようとして「黒魔術」(実際には民間伝承の迷信の変種)の儀式をしているとき、村娘に拒絶された拍子にランプを納屋の藁屑の上に落としてしまった。小火騒ぎが起きて、それをきっかけにベルナールによってサルヴァトーレは異端信仰の容疑(しかも現行犯)で捕縛され、村娘は魔女として拘束されてしまったのだ。
無意味で醜悪な神学論争は終わり、かくして異端審問のための予備審問が始まった。
ベルナールはその夜を徹して、サルヴァトーレを拷問糾問した。翌朝、サルヴァトーレの腕と手は、反対方向にねじれていて、しかも血まみれだった。彼は、レミージョの過去についても白状してしまった。それも、ベルナールの描いたシナリオで脚色して。
レミージョは異端信仰ばかりか、相次ぐ修道僧の死の責任(殺人)の容疑をもかぶされることになった。
こうして、神学論争は一転して、異端審問の場になってしまった。枢機卿はアヴィニョンに向かって旅立ってしまった。
次の朝、セヴェリーヌスの惨殺死体が発見された。殺人犯のマラキーアは、容疑をレミージョに向けることにした。サルヴァトーレが捕まって、過去にレミージョとともに過激な異端派に身を寄せた事実を白状したから、今から裏門から逃げ出すようにと、レミージョに慫慂したのだ。
ところが、レミージョの行く手にはベルナールが配置した警備兵が待ち構えていた。彼らはレミージョを捕縛して、審問の場に引き出した。逃亡の現場を捕まったのだから、言い訳のしようがなかった。
さて、審問法廷の開催にあたってベルナールは、陪審として院長とウィリアムを指名した。
開廷するとベルナールは、レミージョの容疑の数々を列挙していった。異端派への帰属、そして相次ぐ修道僧の死に対する責任と・・・。院長は、提示された状況証拠からみて、3人の有罪は動かしがたいという意見を述べた。
これに対して、ウイリアムは、かつてサルヴァトーレとレミージョは異端派に混じって行動したことについては有罪だ――ただし、重く罰するほどの科ではないとも付言――が、修道院での殺人については無罪だと主張した。村娘は魔女ではない、とも申し添えた。
ベルナールは、陪審の意見が割れたので、真偽については容疑者から直接聞き出すしかないと、拷問による証言を提起した。だが、肉体的・精神的苦痛の恐ろしさを知るレミージョは、拷問されるくらいなら自らすべての罪状を認めると言い出した。徹夜の責めによって錯乱していたサルヴァトーレも、すべての容疑を受け入れた。村娘については、反論の余地すら与えられなかった。
こうして、3人の有罪が決定されてしまった。
それでもウイリアムは、修道僧の一連の怪死が、書庫の蔵書アリストテレースの『詩論』を隠匿しようとする策謀のためであって、この点を解明しないと、これからも修道僧の怪死は続くことになると論じた。死者は、指先と舌が黒変しているはずだ、と。
しかし、2人の自白で決着がついたことになり、ウイリアムは異端派の罪を見逃そうとする失敗=罪を犯したということにされてしまった。ベルナールが教皇庁に赴いたのち、やがて教皇庁からのウィリアムへの喚問があろうはずだった。