補章―2 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
この章の目次
ところでこの時代には、軍事活動を実際に担う組織は、いまだ王権国家によって包括的かつ直接に組織化され掌握・統制されたものではなかった。戦争は王の命令で始まったが、軍事活動の決定的部面は、全面的に商業的(営利的)原理にもとづき汎ヨーロッパ的規模で活動する専門の戦争請負業者、すなわち傭兵たちによっておこなわれたのである。
たとえばフランスでは16世紀には、王が直接指揮命令できる部隊は軍全体のごく小さな部分だった。王権に属する軍隊は、実際には戦争請負業者(傭兵隊長)によって召集され、指揮・組織され、訓練され、戦闘に参加させられた。彼らの忠誠は直接的には傭兵隊長に向けられていて、雇い主としての王権から、契約どおり十分に現金が支払われるかぎりで保証された。つまり、戦争は国際的な商業ビジネスになったわけである。
有力な傭兵団を組織する隊長は領主的企業家(あるいは企業家的領主)だった。17世紀に三十年戦争で活躍したボヘミアのアルベルト伯ヴァレンシュタインは、ヨーロッパ最大の戦争請負業者だった。彼は零細貴族の地位から戦争請負業で成り上がって、バルト海沿岸やボヘミアの所領を支配する有力な領主となり、神聖ローマ皇帝=ハプスブルク家のために大規模な軍隊を提供しながら、巨大な武器および軍備供給産業を営んでいた。
17世紀半ば以降には、ヨーロッパ大陸のいくつかの王権は常備軍を創設・運用するようになったが、常備軍はたいていは王権によって雇われた傭兵隊の集合だった。
通常、企業家商人でもある傭兵隊長は一定の報酬によって王権と契約を結び、戦役や防衛のために雇われ、連隊長 colonel of the regiment となった。つまり、大規模な戦争では大方の戦線において、王権は軍事専門の企業家を雇い、軍役を委託契約したのだった。
金銭的報酬による委託=受託契約は純然たる商行為にほかならない。
連隊長は連隊の将校を任命する権力を保持し、指揮下の軍の作戦と運用を自分の意思と利害に沿って自由におこなうことができた。君侯による報酬支払いまでの兵士への給料支払いはもとより兵器や糧秣の調達も、連隊長=傭兵隊長が自らの才覚でおこなった。
この才覚のうちには都市や農村からの掠奪、強奪も含まれていた。それゆえ、傭兵たちは「甲冑をまとった物乞い」とか「戦争を請け負う野盗」と呼ばれていた。
連隊長はまさに冒険的企業家であって、軍の運営の仕方によっては王から得た報酬から大きな利潤を引き出すこともできたし、戦地での掠奪や徴発で獲得した財貨も自由に処分できた。だが、傭兵業は、戦局の行方や契約相手を誤るとすべてを失う危険なギャンブルでもあった。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
◆全体目次 章と節◆
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成