補章―2 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
       ――中世から近代

この章の目次

1 封建騎士と領主制支配

ⅰ フランク王国と騎士制度

ⅱ 領主制と封建法観念

ⅲ 西フランクの王権と軍制

2 イタリアの都市経済と傭兵

3 中欧・東欧の軍制と領主制

ⅰ 多数の領邦の分立

ⅱ 都市建設と東方植民

4 ノルマン征服王朝とイングランド

5 新たな軍事力と傭兵制

ⅰ 百年戦争と「封建騎士」の没落

ⅱ 王権と傭兵制

ⅲ スイス、オーストリアの傭兵

6 中世晩期から近世の軍備と財政

7 国家形成と軍事組織

ⅰ 断続する戦乱

ⅱ 近代国家制度への歩み

ⅲ 傭兵たちの戦争

8 ヨーロッパの軍事革命

ⅰ 歩兵組織と築城戦術

ⅱ 膨張する戦費・軍事費

9 艦隊と海洋権力

ⅰ 地中海

ⅱ 北西ヨーロッパ

ⅲ 新型艦隊と商業資本

10 軍事と経済との内的結合

ⅲ 新型艦隊と商業資本

  この新しい戦術と戦列艦の設計思想にもとづいて、長い航続距離の作戦行動ができる外洋艦隊を最初に生み出したのはネーデルラントだった。
  17世紀初頭、ホラントの提督府(鑑定司令部)は船体がよりスマートで甲板が低く、喫水が浅く、快速の遠洋航海に耐えるフリゲイト艦――快速の戦闘艦――からなる艦隊を創設した。


フリゲイト艦:Wikipedia「フリゲート」

  1639年、ネーデルラントの連合艦隊は縦列隊形の遠距離一斉射撃の戦術を駆使して、ダウンズ沖でエスパーニャの大艦隊を撃滅した。
  だが、双方とも、統制の取れない艦隊だった。というのも、ネーデルラントの諸都市と諸州はそれぞれ独立の艦隊をもった海軍管区を執拗に維持しており、それぞれの都市団体が設置した独立の提督府(艦隊司令部)がそれぞれの艦隊を別個単独に組織・指揮していた。他方、エスパーニャの大艦隊も事情は同様で、カスティーリャ、カタルーニャ、ジェーノヴァ、ポルトゥガル、ナーポリなどという「帝国」の諸地方がそれぞれ別個に組織・指揮する艦隊の寄せ集めだった。
  この頃まで、商船団――ただし重武装――でもある艦隊は、遠距離貿易を営む都市や商人団体が単独で編成して、単独で行動する軍事的単位だったのだ。国家どうしの海戦にさいしては、財政能力から見ても、そのような別個の指揮系統をもつ艦隊を寄せ集めた連合艦隊にするしかなかったのだ。艦隊に対する国家の中央政府の統制が実効的になるのは、それから2世紀のちのことだった。

  ダウンズ沖海戦の10年後、クロムウェルの共和国政府は77隻の新型フリゲイト艦の建造を命じた。イングランド革命政府はネーデルラントの通商覇権に攻撃的な挑戦を企てて、外洋で新型艦隊での海戦を挑んだ。地中海で、カリブ海で、インド洋で、大西洋で、敵対する2つの艦隊が互いに1列に並んで砲撃し合う縦列交戦が続いた。
  17世紀半ば、イングランドは、常設基地をもち、遠距離航海での作戦行動が可能な公海用艦隊を世界ではじめて創設した。ロンドンの商人団体の財政支援を受けて編成された外洋艦隊が西インド諸島に派遣された。対するネーデルラントの海軍も強力だった。
  ネーデルラントもイングランドも国内に世界金融の中心を構築し、公債市場を創出して、政府の財政資金も低利の公債で調達できたことが優秀な艦隊の創設と運用の背景にあった。市民革命後のイングランドでは、中欧集権化と財政革命が進んだことから、海戦でも少しずつ国営化 Nationalisierung (国有化 Verstaatlichung ではない)が始まった。
  とはいえ、海軍は正規の艦隊のほかに、武装商船団を組織した商人団体や私掠船団からなっていて、彼らはそれぞれ単独の商業計算にもとづいて海戦事業を営んでいた。
  17世紀後半になると、「艦隊の国営化」を進めたイングランドは海洋権力でネーデルラントを追い抜き、大西洋・西インド方面で優位を確保して、その後18世紀以降には、アメリカ大陸のエスパーニャ植民地へのイングランド商業資本の猛烈な浸透を艦隊が軍事的に支援していった。イングランドの商船団を護衛する一方で、エスパーニャの船団を攻撃・私掠し、艦砲射撃で威嚇して植民地の港湾都市に開港させ交易を強要したのだ。19世紀には砲艦外交 gun-boat diplomacy が登場するようになる。

  ところで、17世紀になるとネーデルラントやイングランドでいくつもの特許会社――東インド会社や西インド会社など――が続々と設立されていった。これらは、王権やブルジョア政府によって支援された商人団体の組織で、つまり政府の特許を受けて世界的に活動する商業資本の権力装置だった。
  それらの特許会社は、海洋権力を基盤として海外の貿易・植民地拠点で活動する国家装置でもあり、経済装置でもあって、国家から特権を付与されて、独自の法廷と総督をもち、外国の主権者と交渉し、戦争と講和を決定し、固有の陸上軍隊と艦隊を組織・指揮できる権能を備えていた〔cf. Howard〕。両国の東インド会社は本国の海軍よりも強大な艦隊を保有していた。
  これらは国民国家の中央政府の強力な支援を受けながらも、長らく政府の統制から独立して活動する組織だった――独自の財政組織と利害で動いていて、ときには本国政府の利害や戦略を妨げることもあった。それらが、本国の中央政府の統制に服すようになるのはようやく19世紀になってのことだった。
  国家装置の「国営化」は始まっていたが、その「国有化」はなかなか進まなかったのだ。


  長距離の輸送力(速さと運搬量)としては、陸上輸送よりも船舶が圧倒的に優越していた。それゆえ、世界貿易ならびに海外植民地をめぐるヨーロッパ諸国家の競争・争奪戦においては、海軍力=海洋権力が物を言った。
  国内の物流経路の開発においても、また産業育成や国内各地の政治的・軍事的統合のためにも、船舶交通が優位していた。そのため鉄道システムが生まれるまでは、近代諸国家は運河建設に力を注ぎ続けた。
  そして、船舶とその武装、艦隊の創設と経営・運用においては、古くから都市と商業資本が力量を蓄えてきた。こうして、世界市場形成と国家建設において都市=商業資本の影響力は決定的に大きく、資本主義的経済システムの総体に独特の性格を刻印することになった。

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体目次 章と節◆

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブリュージュの勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望