第2章 商業資本=都市の成長と支配秩序
第2節 地中海世界貿易とイタリア都市国家群
この節の目次
地中海貿易圏の動きはどうだったのか。地中海貿易圏の経済的にして地政学的な構造の変動を描きながら、この構造的変動を背景とするイタリア都市国家群の様相を考察してみよう。
イタリア諸都市の遠距離貿易は、14世紀の危機の後に深刻な後退を経験した。
なによりも地中海東部の変動が目につく。
ウクライナから西アジアにおよぶ地域ではキプチャク・ハン王朝が衰退、分裂して、隊商の道は安全ではなくなった。インドや中国から黒海方面にいたる交易路は著しく衰退したため、香辛料や絹などの奢侈品はふたたびレヴァント地方やエジプトの交易路に戻ってきた。
いまや、キュプロスがキリスト教商人たちの交易拠点になった。商品が集散するこの島は、衰退した黒海貿易に取って代わって繁栄することになった。だが、全体として地中海東部の貿易が縮小した。残された利権をめぐって闘争が激化することになった。
黒海沿岸では政治的・軍事的環境の変化とともに貿易量が激減した。そのため、そこでもやはり、残された権益をめぐる奪い合いが深刻化し、14世紀半ばにジェーノヴァとヴェネツィアの熾烈な抗争が続いた。ヴェネツィアは敗れて、カッファ以外の黒海諸港を失ってしまった〔cf. Mcneill〕。
1378年にヴェネツィアとジェーノヴァは、ダルダネルス海峡の入り口にあるテネドス島の支配をめぐって争い、以後、エーゲ海、アドリア海で全面戦争になっていった。
バルカン半島ではアンジュー家のハンガリー王権がダルマティアに侵攻し、オーストリア公も北イタリアの軍事的・政治的情勢に介入し始めた。ヴェネツィアの後背地ではハンガリー王、オーストリア公、パードヴァ、アクィレイア総司教が同盟してヴェネツィアに対抗していた。この同盟にナーポリ王も絡んでいた。
他方、ジェーノヴァはアドリア海での一連の戦いに勝ってヴェネツィアに迫り、市の目前のキオッジャに作戦基地を構え、およそ200隻の大艦隊を集結させた。ヴェネツィアは新しい艦隊を迅速に武装・艤装して送り出し、キオッジャを包囲してアドリア海を封鎖し、ジェーノヴァの補給経路を断ち切った。
この戦いでは、住民の結束を重視し、コムーネの統制によって資源を集中的に動員できるヴェネツィアの統治体制が物を言った。兵糧攻めによってジェーノヴァは降伏し、1381年に講和が結ばれた。
ヴェネツィアは包囲網を解くために譲歩せざるをえなかった。ヴェネツィアはテネドス島の独占を放棄してジェーノヴァの参入を許し、さらにアドリア海のいくつかの拠点をオーストリアやハンガリーに明け渡した。
だが、レヴァントでの植民地と通商利権は確保できた。そして、作戦に動員されたガレー船団はただちに戦闘から商業活動に転用され、貿易の急速な回復を達成した〔cf. Mcneill〕。1381年以降もレヴァント経由の香料貿易は繁栄していた。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
◆全体目次 章と節◆
補章 ― 1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章 ― 2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
補章 ― 3
ヨーロッパの地政学的構造
――中世から近代初頭
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成