第2章 商業資本=都市の成長と支配秩序
第2節 地中海世界貿易とイタリア都市国家群
この節の目次
その頃から、イタリア商業資本の権力はバルカン半島や島嶼の内部に浸透していった。貿易関係のなかに深く取り込まれるとともに、これらの地方には地中海世界分業のなかでより従属的な地位が割り当てられることになった。
たとえばエーゲ海やダルマティア、イストリアなどにあるヴェネツィア人の広大な所領は、ビザンツ帝国は没落していたうえに、近隣の王権の力も個々には弱かったので、近隣の上級権力による統制や課税を免れ、ぶどうや穀物などの農産物のより多くの部分をヴェネツィア商人に引き渡すことになった。
しかも、キュプロスとクレタでは、プランテイション経営によって砂糖の生産が拡大していた。ヴェネツィアの金融商人、フェデリーコ・コロナーロはキュプロス王権への借款と見返りに大所領の支配権を獲得し、潅漑施設を整備し、奴隷を輸入してさとうきびプランテイション(砂糖精製)を組織した。
15世紀後半には、綿花栽培もプランテイション経営に導入された。綿花栽培はやがて、バルカン半島南部に移植されて小作農民の主要な換金作物になっていった。これを支配したのも、はじめはヴェネツィアの、次いでジェーノヴァの商業資本だった。こうして、地中海東部の農業地帯では、経済的従属とモノカルチャー化への傾向が強まった。
ビザンツ帝国の旧版図では、中央政府の衰退・解体状態が進み、都市の没落、地方領主層の分立が目立っていった。とはいえ、地方領主層の自立化はもはや「封建制」の復活ではなかった。
大土地所有者層が、穀物や綿花などの農産物を遠隔地向け輸出用商品として北イタリアの商人に売り渡すための所領経営を組織し、農民への搾取を強化し、自らは富裕化して地方統治の権力を拡大したため、中央政府――上級君侯――の統制をはねのけるようになったということだ。
地方領主層への統制権と課税権を失った王権は弱体化していった。そうなると、王室の権限は地方領主たちによって蚕蝕されることになった。
これらの諸地方は、イタリア商業資本の権力のもとで世界市場への商品供給によって貨幣利潤を獲得するという再生産構造に組み込まれたのだ。地方領主層は、権力と富の増大によって、奢侈品の消費者となった。だが、それは領主階級の家政・家産経営がイタリア商業資本に従属する構造を意味していた。ハンガリー王国でも同じダイナミズムが作用していた。
したがって、バルカン半島全体としては、かつての王国や帝国が解体または衰退して、多数のより小さな地方君侯・領主の権力が並立し、小競り合いを展開するようになった。周縁化または半周縁化が進んだということだ。
他方で14世紀末から、ヴェネツィア資本は、本領都市の内部では多様な製造業や工芸を成長させた。ガラス製品、石鹸、絹織物、宝石細工などの奢侈品工業は、もともとはヴェネツィア自体と東地中海各地の富裕商人や土地所有階級の奢侈欲求に対応して成長してきたが、やがて、より多くはヨーロッパ向け仲介貿易の商品、たとえばフランドルの毛織物、ドイツや北イタリアの金属製品や奢侈品との交換のために生産されるようになった。
ほかの北イタリア諸都市も事情は同じだった。
ヴェネツィアはヨーロッパ北部と内陸部、イタリア、地中海を結ぶ世界貿易の中継地として、したがってまた商品と貴金属の集積地、そして世界貿易の組織化中心として活動していた。
地中海貿易圏では、中核に位置する北イタリア諸都市には熟練した製造・工芸技術をもつ賃金労働が配置され、バルカンや南イタリア、シチリアなどには貧しい小作農や領主に従属する農民が、そして東部の島々にはプランテイションの隷農や奴隷が配置されていた。
世界経済が出現してからはいたるところでお目にかかる社会的分業体系が、ここではすでに形成されていた。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
◆全体目次 章と節◆
補章 ― 1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章 ― 2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
補章 ― 3
ヨーロッパの地政学的構造
――中世から近代初頭
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成