第3章 都市と国家のはざまで
――ネーデルラントの都市と国家形成――
第3節 ネーデルラントの商業資本と国家
この節の目次
VOCは、世界経済でのネーデルラントの優位を確保するため、アジアを収奪し、獲得した財貨を本国およびヨーロッパに集積する政策を追求した。それは、ことに上等な香料・香料の生産・調達における系統的な収奪と独占の体系に典型的に現れた。VOCは、メース・ナツメグ・丁子・桂皮の生産を限られた島々に囲い込み、ほかの土地での栽培を妨害した。こうして、ブローデルによれば、アンボイナは丁子の島に、バンダはナツメグおよびメースの島に、セイロンは桂皮の島となった〔cf. Braudel〕という。
ネーデルラント商業資本によって単一栽培 monoculuture を強制されることによって、これらの島は基礎食糧の生産・供給体系を破壊されたうえに織布を禁圧され、食料品や織物の定期的輸入に依存せざるをえなくなった。VOCは、その独占を維持するために、一般住民には暴力をともなう厳格な統制をおよぼし、その首長には補償金を支払って懐柔した。こうして獲得された上等な香料は、ネーデルラントやヨーロッパだけではなく、インドでも販売され、大量に消費された。それらは飛び抜けて大きな交換価値をもっていたため、アジアでは「交換貨幣」の機能を果たしていて、じつに多くの市場を開く鍵であったという〔cf. Braudel〕。
VOCは、アジア地域におけるネーデルラント商業資本の諸分枝の多様な活動を調整・統制し、極東、東南アジア、インド洋、南アジア、アフリカの各地でさまざまな特産物を買い入れ、ヨーロッパも含めた各地での価格の動向、需要の変動を見ながら、最大の利潤が確保できそうなところで売りさばいた。だが、強制と統制、監視を加える独占政策は高くついた。VOCは原住民の航海・通商と絶えず戦い、打撃を加え、追い立てながら、治安活動や植民地戦争の袋小路に入っていった〔cf. Braudel〕。
しかしヨーロッパにおいては、有望なアジア市場に進出するため、競争相手となる独占会社がいくつも――イングランド、フランス、デンマルク、スウェーデンなどで――創設され、しだいに競争が強まっていった。そして、ほとんどすべての会社にネーデルラントの資本が投下されていた〔cf. Braudel〕。
もとよりこれらの独占会社は巨額の利潤を獲得していてネーデルラントにとっても有利な投資先だったが、競争相手を育成することにもなった。後発地域に資本輸出=投資をおこなうことで、投資先のインフラストラクチャーを創設し、将来の競争相手を育て上げることになるのは、いわば「資本の習い性」のようなものだもいえる。
それにしても、資本の運動に対する国家の統制はまだ未熟であり、ナショナリズムはまだ生まれていなかったため、ネーデルラント商業資本は国民として十分に統合されていなかったため、国民的利害 nattional interst を明確に――つまり排他的に――意識することもなく、またその有力諸分派は政策的に対立していた。ヨーロッパ人たちは――とりわけ優越した地位に立つネーデルラントは――世界市場競争における国益
nattional interst を意識するような経験をまだ積んでいなかったのだ。
というわけで、一方でVOCによってアジア貿易の独占をねらいながら、他方でその独占に対抗する競争相手に資本を供給していたのである。とはいえ、いずれに投下された資本も、本国に利潤や利子収入として還流して資本を積み上げたのだが。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成