第5章 イングランド国民国家の形成
この章の目次
域外商人への財政的依存という制約を受けながらも、王権は域内商人と協力しながら、ヨーロッパの分業体系に再三挑戦を試みた。イングランド貿易商人の成長と地位向上にとって、羊毛の指定市場 staple market の創設と変遷は大きな意味をもった。王権は、常設の取引き場所を指定し、そこで取引き活動をおこなう特権を「商人組合 Corporate Company 」――そのなかからやがてロンドン冒険商人組合が生まれる――に与えて羊毛輸出を独占させた〔cf. Morton〕。
指定市場は、すべてのイングランド産羊毛の輸出を数か所に集中させて、護送船団方式で海賊など輸送時のリスクを防ぎ、単一の商人団体の一括した計算で税の徴収を容易にする制度として始まった。はじめはフランデルン側の都市が指定されたが、やがて14世紀半ばにはイングランドの都市が選ばれるようになり、イタリア商人から羊毛輸出貿易の支配権を奪い取るようになった。
とはいえ、羊毛という原材料の生産および販売は、付加価値のより大きい高級織布の生産・仕上げ加工およびヨーロッパ各地への販売というような業種に比べて利潤のより小さな部分しか割り当てられず、また買い付け側の言い分に従属しがちな産業であった。
そこでエドワード3世は14世紀中葉に、原料生産地として従属的地位にとどまっていたイングランドを良質の羊毛織布生産地に変えるための基礎づくりをおこなった。フランデルン織布工のイングランドへの移住とマニュファクチャーの移植がその手段であった。エドワード治下のイングランド商人、とくに毛織物商人は、それによって利得の機会を得た。だが、利潤のより大きな部分は、毛織物産業の総体としての再生産体系を掌握していた北イタリアやフランデルンおよびハンザの商業資本に吸収されていた。
イーストアングリアやヨークシャーで生産された未仕上げ織布は、域外商人によってフランデルンに輸出され、そこで染色や縮絨、さらには仕上げ加工がおこなわれた。この貿易を支配していたのは域外諸都市の商人だった。しかも王の財政は、まだあまりにも域外商人とその金融力に頼っていた。
だが、ロンドンを中軸にして、域内の商人たちは冒険商人組合を組織し、王室への献金や賦課金の上納さらには行政機関への参入や議会への都市代表の派遣などによって影響力を広げ、王権と緊密な関係を築き、羊毛貿易の特権を買い取った。やがて、ついに1407年、冒険商人組合はハンザなどの域外商人を押しのけ、王権からイングランド産織布の貿易を独占する特権を獲得することに成功した。彼らはアントウェルペンに商館を造営して、羊毛の供給・織布生産の統制と買入れ・販売という再生産条件をまるごと掌握するようになった。イングランド王権は、対フランデルン貿易に比べはるかに軽い関税でこの貿易を優遇した。
14、15世紀のフランデルンをめぐるフランス王権との戦争の時期、さらに16世紀のエスパーニャ王権とネーデルラント市民との紛争の期間をつうじて、波状的に大陸の毛織物商人と織布手工業者のイングランドへの移住が続いた。それがイングランドでの羊毛工業の急速な発達に役だったことは、すでに見た。とはいえ、14世紀から15世紀にかけては、ヨーロッパ全域で打ち続く戦乱と疫病による人口の減少のなかで、毛織物製品の輸出市場は縮小していき、輸出量の増加に転じたのは15世紀末葉になってからだった。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成