第5章 イングランド国民国家の形成
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政治体としての統合性と自立性が乏しかったスコットランド王国では、概してローマ教会組織=教皇庁への従属性が強く、聖職者層の腐敗が一段と際立っていた。ゆえに、プロテスタンティズムの浸透と教会改革はローマ教会の財政的・イデオロギー的支配からの民族的自立としての側面をもっていた。ところが、16世紀にイングランドとのあいだで続いた戦闘、とりわけサマスィット公のエディンバラ焼き討ち(1544年)によって、もともとフランスのカトリック有力貴族家門と結びつきが強かったスコットランド王権ステュアート家は、イングランド王権とプロテスタンティズムに対抗する動きを見せることになった。
スコットランド王権は、宗主権を主張して南部辺境に頻繁に軍を派遣してくるイングランド王権による圧迫を、フランス王国ないしはカトリック教会との連携によって撥ね退けようとしていたのだ。
スコットランド王ジェイムズ5世は、フランスのカトリック勢力指導者ギュイーズ公の妹マリー・ドゥ・ギュイーズと結婚して娘メアリーをもうけた。イングランド王ヘンリー8世が息子とメアリーの婚約をステュアート家に強要してきたため、メアリーはフランスに送られることになった。大陸にいるメアリーが王位を継ぐと、母マリーが――生家のギュイーズ家の権威を背景に――摂政権を握り、フランス軍の支援を得てスコットランド王権を支配した。メアリーは、フランス王権ヴァロワ家の王太子フランソワと結婚して、ステュアート王室は、フランス王権、カトリック勢力との政治的結びつきがさらに強まった。
ところがフランソワは早世し、メアリーはやがてスコットランドに帰還して王座で執務することになったが、カトリックを臣民に強制することはなかったという。だが、宮廷は貴族の派閥闘争で混乱していた。そして、カトリック派の貴族同盟によって、メアリーは王位を奪われることになった。
こうした状況のなかで、プロテスタンティズムはスコットランドの民族的自立を担う運動として現れ、カトリックはフランスへの従属を支える勢力と見なされるようになった。諸地方では民衆による宗教改革・教会改革が進んだ。大方の貴族層と商人層もプロテスタンティズムが自らの利害にかなうと見て、改革派に加わった。プロテスタント派の改革が進むということは、スコットランドでの宗派対立が増幅するということを意味した。そのさい、カトリック派はフランス諸侯と同盟し、プロテスタント派はイングランド王権と同盟することになった。
1559年にはプロテスタント改革派とギュイーズ家フランス軍との戦闘が勃発したが、翌年、プロテスタント勢力はイングランド軍とその艦隊の支援を受けて、フランス勢力を撃退した〔cf. Morton〕。スコットランド王国の多数派貴族・商人とイングランド王国との同盟関係が強化され、16世紀末、スコットランドにはカルヴァン派の長老派教会 Presbyterians
が確立された。とはいえ、スコットランドの新王ジェイムズ6世は親カトリック的で、プロテスタントを王権の阻害要因と見なす傾向が強かった。
ところが歴史は皮肉なもので、ジェイムズ6世がやがて1603年、イングランド王位を継ぐことになる。テューダー家門はスコットランド王室ステュアート家と政略結婚で結ばれ、その子孫としてジェイムズが――女王エリザベスが独身のまま没したため――正統嫡流の絶えたテューダー家から王位を受け継ぐことになったのだ。
アングリカン(イングランド)教会組織が王を頂点とする国家組織に組み込まれたイングランドの王位に、親カトリックであるステュアート家ジェイムズが側近を引き連れて登壇することになった。すると、王権の運営スタイルが変わり、顧問会議の多数派や議会(庶民院)などの国家諸装置とそりが合わなくなった。それが市民革命の最大の原因のひとつをつくり出したのだ。
辺境王国スコットランドの王として生活してきたジェイムズは、世界貿易に挑もうとする都市の商業資本家階級と貴族=地主階級との同盟という政治的基盤の上に成り立つイングランド王権の行動スタイルや心性を理解できるはずもなかった。
してみれば、すでにイングランドで形成されていた――世界貿易を担う商業資本家階級と地主階級との同盟を土台とする――権力構造は、もはや王の専制的な統治を許すような王政レジームと整合しなくなっていたということだ。したがって、来るべき革命は、すでにでき上がっている階級構造に適合しない王政と王を廃して、適合するレジームに組み換える試みとなるはずだった。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成