第6章 フランスの王権と国家形成
この章の目次
15世紀末、王領地を拡大したヴァロワ王権はイタリアに遠征した。戦争は「領地の相続権をめぐる君侯の争い」という形態をまとっていた。主要な争点は、イタリアに対するハプスブルク王朝とフランス王家との支配権の正当性をめぐるものであった。アンジュー家の家産を相続したシャルル8世は、1494年、イタリアで権謀術数を駆使するローマ教皇の誘いに乗って、アラゴン王家に対抗してナポリ王位を要求してイタリアに侵入した。彼の後継者オルレアン家のルイ12世は、ミラノ公国の支配圏を神聖ローマ皇帝から奪還するために戦争を続行した。1515年に王位を継いだフランソワ1世もイタリア戦争を相続し、翌年、ナポリ王国への請求権を放棄する代わりにミラノ公国を保護領として獲得した。ヴァロワ王朝の膨張政策は成功したかに見えた。
ところが、エスパーニャ王カルロスが1519年に神聖ローマ皇帝位を継いだ――カール5世として:皇帝位にはオーストリア王、ドイツ王などがともなっていた――ため、ハプスブルク王朝の勢力圏がフランスを取り囲むことになった。
フランス王国の名目上の版図は、西部では地続きでエスパーニャ王国と境界を接し、北東部から東部、南東部にかけてはフランドル、ブラバント、ルクセンブルク、フランシュ=
コンテ、ブルゴーニュ、北イタリア・ピエモンテと隣り合うことになった。これらのすべての領地めぐってハプスブルク王朝の勢力圏と睨み合い角逐し合っていた。南の地中海の島々――サルデーニャ、シチリア、バレアレスなど――はアラゴン家の所領、つまりエスパーニャ王家の領地であり、地中海はエスパーニャと同盟したジェーノヴァの艦隊が扼していた。ジェーノヴァはコルシカ島を領有していた。これらのすべての戦線で、フランス王権はハプスブルク王朝と対峙した。膨張主義的な2つの王権のあいだの軍事的摩擦と衝突は不可避だった。
そして、それまでドーヴァー海峡を挟んでにらみ合っていたイングランド王国は、敵対の相手をフランス王権からエスパーニャ王権に移しつつあった。というのは、ブリテンの対岸ネーデルラントでも、ハプスブルク家の支配をめぐって戦争が発生したからだ。また、ドイツ・中央ヨーロッパでは宗教上の教義の争いと結びついて農民戦争、さらには諸侯のあいだの戦争が続いた。ハプスブルク家は、これらの戦線のすべてに絡んでいた。
こうした地政学的配置のなかで、フランス王国はヴァロワ家王権を中心とする有力諸侯=諸地方の連合体をなしていた。多かれ少なかれ王室と縁戚関係にある有力諸侯は、一方では宮廷では王権内の高官として振る舞いながら、他方では王室の地方に対する命令や政策を妨害することもあった。
だが諸侯は、ヨーロッパ大陸におけるハプスブルク王朝の圧倒的な軍事的・政治的優位の前に、独立の領域国家として振る舞うことはできなかった。フランス王国の枠組みの内部で行動することが、一番利害にかなっていた。域内で最強の政治的・軍事的力量を備えた王権との恩顧関係を失うわけにはいかなかった。そしてヴァロワ王権は有力貴族をイタリア戦争に投入することで権威を保とうとしていた。が、戦況は芳しくなく、王室財政は疲弊の一途をたどっていた。
イタリア遠征は、教皇や北イタリア諸都市の駆け引きの泥沼に足を取られ、ハプスブルク王朝に阻まれ、手詰まり状態のうちに1559年のカトー=カンブレジ講和でフランス王劣位のうちに終結した。両王家の財政はともに破綻し、それぞれと結びついていた有力商人たちも経営破綻に引きずり込まれた。ハプスブルク家はエスパーニャとオーストリアの統治を2つの王権に分割せざるをえなくなり、他方でヴァロワ王権は急速に没落していった。フランスでは王位継承と王政のあり方をめぐって有力諸侯、諸団体、諸地域が分裂し闘争し合うことになった。
そして紛争は宗教戦争の形態をまとい、1562年から98年まで続いた。ビスケー湾からカタローニュ、フランドルから北イタリアまでフランスの周囲で諸王権、諸国家が対抗し合う環境のなかで、域内の分裂抗争はフランス王国の解体につながりかねなかった。
だが、フランス王国域内に支配をおよぼしそうな最大の敵、ハプスブルク王朝はこの時期にエスパーニャ域内でさえ諸王国・諸地方の統合をはかろうとすることもなく、しかも域内商業資本の結集と産業保護をはかるどころか、戦費調達のために苛酷な税負担を都市と商人に押し付けてその自立的成長を押し殺そうとしていた。王権の存亡をめぐって深甚な影響を力をおよぼすヨーロッパ貿易戦争の意味を理解することもなく、あまりに広大すぎる領域を支配する王権は、なるほどフランスの宗教紛争に執拗に容喙し続けたけれども、早晩挫折するはずだった。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成