第8章 中間総括と展望
この章の目次
都市商業資本の運動形態やその権力の組織形態の歴史的変化は、法原理の転換としても現れた。
特定の都市に固定された商業資本の経営本拠から遠距離貿易を統制するようになってからも、商業活動の主要な要素として――ただし、経営本拠からの支配統制を受ける従属的な要素として――遍歴や冒険旅行は繰り返された。
ところで、遠距離商人たちが諸都市に経営本拠を固定し、それを中心に貿易活動を組織化・統制するようになると、それぞれに遍歴移動する商人たち相互間に成立した地位・特権をめぐる権力関係は、都市という固定した地理的空間を基礎とする権利義務関係や権力関係として成立するようになる。商人層の内部や彼らと滞在先の都市、君侯・領主、農民、製造業者との関係をめぐる権力関係もまた、地理的空間を基礎として組織化され秩序づけられることになる。
遍歴あるいは冒険旅行が商取引の主要な形態であった時代には、商人団体内部および外部の商人や君侯・領主などとのあいだの権利義務関係、支配=従属関係は属人主義的な法観念・規範によって規制されていた。属人主義とは、いかなる地理的空間にいるかに関係なく、特定の人間また法人格をもつ団体(法人)が権利の発生の根拠となるという原理であって、権利義務関係や法的権能の発生根拠が、地理空間的に移動する集団・団体への帰属関係であるとする原理である。
ところが、商人が都市に定住して固定した経営本拠を中心とする商業活動を組織し、また都市統治をめぐる権力の主要な担い手となると、商業や財産、統治をめぐる法規範は属地主義的原理に転換していった。属地主義とは、権利義務関係や法的権能の発生根拠が、第1次的には、固定された地理的領域ないしこの領域に固定された組織の権力にあり、諸個人の法的関係はこの領域の内部では直接的に発生し、域外ではこの領域内の団体への帰属関係を条件にして発生するという原理である。
論理的には、属地主義的原理は、一定の固定的な地理的領域内の法的関係を政治的・軍事的に総括する統治主体=統治組織が存在するようになって、はじめて実効性をもつようになるということになる。
ところで、属人主義も属地主義も究極的には同じ原理に立つ。というのは、権利や権限・権力を行使するのは、法人格を備えた都市団体や君侯政体(領域国家)であるからだ。ただし、属地主義の通用は、一定の地理的範囲――市域や領邦など――について権利主体の権力が、域内の下位のすべての団体を一元的に統制できるほどに強くなっていることが条件となる。
してみれば、属地主義とは、権利や権力の主体が、名目上の統治領域で最優位の地位を掌握し、領域に対する支配の実効性を著しく高めた状態の法的状態であって、領域への帰属がすなわち支配団体への帰属と同じものと見なされる状態ということになる。
商人や都市をめぐる法的関係(権力関係を媒介する法的形態)の属地主義への転換は、同時に、政治的・軍事的秩序における領域主義 Territorialismus
の展開にやや先行し、また並行していた。つまり、領域国家(加えて都市国家)の形成と相互作用的であった。それまでは君侯の統治権力は固定した地理的中心をもっていなかったが、領域主義の進展とともに統治権力の中心がしだいに地理的に固定化されていくようになった。
君侯の中央政府の最も主要な官庁が置かれた都市を中心にして、統治構造が組織化されるようになっていったが、この都市はまた、域内で最有力の商業資本ブロックの拠点ともなっていた(ロンドン、パリ、ストックホルムを見よ)。
領域主義とは、一定の地理的範囲を排他的に支配しようとする傾向であって、この段階では、その域内で最上位の統治権力や権限を獲得しようとする――自分と同格または上位の権力を排除し、域内のあらゆる団体を自らに従わせようとする――君侯領主や都市の動きといえるだろう。そこでは、まだ支配地を排他的な領土として統治する政治的・軍事的装置はなく、それゆえ「国家領土」「国境」「領土の境界」という思想と制度は生まれていなかった。君侯や都市は、旧来からの封建法の観念を援用して下位の政治体に臣従誓約を求めた。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成