第8章 中間総括と展望
この章の目次
中世晩期のヨーロッパ社会の主要な階級・身分は、領域国家形成をめざす君侯、地方領主貴族、商人、農民だった。ただし、貴族という身分は、実に多様な階級的属性をもっていて、商人もまたしかりで、この両者は分かちがたく融合し入り乱れていたのだ。
たとえば王権の側には、王による集権化を積極的に担う王権派貴族がいて、さらに王権には特許を付与された富裕商人層が結びついていて、彼らの上層もまた貴族層の有力な一角を形成している場合が多かった。彼らは、地方的特権に固執し王権から分立しがちな地方領主貴族とは対立した。広大な所領を保有する富裕商人はまた、地主領主としても土地経営をおこなっていた。そして、貴族身分に上昇した富裕商人家門とその子孫たちのなかには、地方領主としての利害に沿って行動し、王権による集権化に敵対する勢力に加わった者もいた。
要するに、各地の商人集団(商業資本ブロック)のそれぞれが置かれた地政学的状況、地理的配置に応じた政治的・軍事的・経済的環境のなかでの立場、ヨーロッパ世界分業体系のなかでの地位に応じて、行動様式と利害関心は異なっていたのだ。しかし、ヨーロッパの中核地域――イングランド王国とフランス王国――において、支配階級・統治階級(最有力のブロック)の一角を構成した商人階級は近代国民国家の形成を推進する側に立っていたことは、すでに検証したとおりだ。
それとは対照的に、エスパーニャではブルゴスの貿易商人たちはネーデルラントへの羊毛輸出を組織していたが、それによって彼らは牧羊業者団体メスタを結成していた有力地方領主の権力を強化し、結果的に王権による域内統合を妨げ、王権の権力基盤を掘り崩していた。東ヨーロッパでは地方貴族ユンカーたちが、直営農場で西ヨーロッパ向けの食糧麦類の生産を増強するために農民に対する支配と搾取をより過酷にしていた。ユンカー層から麦類を買い付けて西ヨーロッパ向けに食糧輸出を組織化していたのは、在地有力都市の商人たちだった。
これらの動きは、エスパーニャや東ヨーロッパの北西ヨーロッパへの経済的従属を深めていった。やがてヨーロッパ世界分業体系のなかでエスパーニャは半周縁的地位を、東ヨーロッパは周縁的地位を割り当てられることになった。
半周縁地域、周縁地域となった地域では貿易商人層は、在地では地方分立的な役割を演じながら、中核地域――ネーデルラント、イングランド、フランス北東部――の商業資本への従属構造を深め、その権力の拡大再生産およびそれと結びついた国民国家の形成への動きを促進する役割を演じていた。域内では地方領主層の分立や横暴を抑制できるような王権の成長を妨げ、あるいは阻止していた。彼らは、中核地域の商業資本の権力の半周縁地域ないし周縁地域への浸透や伝達を中継媒介する機能を果たしていた。
17世紀、バルト海沿岸のダンツィヒやエルビング、ケーニヒスベルクは、輸出用の穀物生産地であるポーランドやオストプロイセン一帯にネーデルラント諸都市の貿易商人の権力を中継する装置として機能していた。ダンツィヒの穀物輸出業者は、在地のユンカー経営――直営農場で賦役農民に小麦を生産させる領主層――を経済的・金融的に支配していた。
つまり、中核地域の商業資本に直接的に従属した半周縁部や周縁部の都市と商業資本は、自らの足元では地方領主の分立と地方領主特権を維持する動きの片棒を担いでいたのだ――領主直営地からより多くの剰余生産物を中核地域との貿易経路に流し込むためであった。これらの地域の商業資本は王権の権威の後退や没落を促進し、地方領主層の分立状態を強め固定化するはたらきをしていたのだ。
いずれにしろ商業資本は、より多くの剰余価値を生産過程から収取し、流通・分配過程で商業利潤として獲得するために適合的な社会秩序を求めていたのであって、直接的には身分制秩序の解体とか近代的生産関係の発達に利益を見出していたわけではない。だから、彼らが進歩的役割を果たしたとか、反動的役割を果たしたという一律的な評価は、そもそも成り立たないのだ。とはいえ、絶対王政の形成や国民国家の形成は、商業資本が集権化を進める王権と提携ないし結託してはじめて可能になった。
これに対して、近代資本主義の進歩性を信じ、イングランドの「下からの資本主義の発展」や「産業資本主義」をモデルとして発展図式を描く方法論の立場は、絶対王権、領主貴族、商業資本を同等に「封建的勢力」としてひとくくりにしている。それが、実際の歴史的経過や存在構造に合っていないことは、これまでに考察したとおりだ。
また大塚久男は、中世晩期から絶対王政期までの富裕商人階級を「前期的商人」と標識して、「近代化」への動きにとってのアンビヴァレントな役割・性格を見出し、市民革命以降の「産業資本主義」ないし「自由競争資本主義」における商人と区別している。
「前期的」という形容には、「本来の資本主義」すなわち産業資本主義段階に「先行する」存在という意味が込められている。この見解は、史料研究の歴史が浅かった古い時代における資本主義と市民革命の歴史観や歴史的評価に立脚して理論を構成しているので、今日の歴史研究の水準から見れば、立論の前提=基礎が崩れてしまっていることになる。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成