第8章 中間総括と展望
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とはいうものの、思考のなかで国家ないし国民国家を再現=描き出していくうえで簡便な論理――最小限度のイメイジ――をごく大まかに組み立てておこう。あくまで、国民国家を思考のなかで表象するための便宜にすぎないが。上記の諸属性をキイワードとして用いて、以下に国民国家の表象を描いていくことにする。
ここでは、ブルジョワ国民国家が最も完成した姿を見せている20世紀半ば以降の時期を表象するものとする。というのは、マルクスに倣って、絶えざる技術開発を進めることで相対的剰余価値の生産を極大化する傾向が最も著しく典型的に見られるのは、この時期だからだ。
要するに国民国家とは、〈一定の地理的範囲で政治的に組織された住民集合〉である。一定の地理的範囲とは〈領土〉であって、それを画定する諸要因は、〈多様な行政的および軍事的装置からなる《国境の体系》によって領土の内部と外部とを制度的に区分・分断し、あるいは遮蔽する仕組み〉である。
そして、それぞれの領土内の諸都市や企業、団体などは、古くからその経営装置や生産・流通過程を、国境システムをはるかに超えて組織してきた。
このような〈領土の内部の住民集合〉の内部には、〈富と権力の格差を随伴する階級関係および支配=従属関係、地方間格差〉が存在する。つまり《所有および分配をめぐる敵対的関係》がともなっているのだ。このような対立を内包する住民集合をひとつの政治的まとまりに組織するのは、〈国家装置ないし支配装置をつうじて組織された統治秩序〉であって、この統治秩序は住民諸階級の意識や行動を規制し、意識や行動に方向性を与えあるいは強制を加える。
つまり、公教育やメディア、文化をつうじて統治秩序を正常な状態として住民諸階級に受け入れさせ、場合によっては司法制度や警察制度をつうじてこれへの違背や反抗を抑止ないし威嚇・抑圧する。社会の意識構造や文化状況を方向づける多様な仕組みがはたらいているのだ。このようなはたらきを、国家装置が担うこともあれば、住民集団が自発的に担う場合もある。
ところで、統治秩序を組織し、とりわけ秩序の暴力的破壊を阻止するために必要な強制権力と権威を中央政府組織が独占するという状態は、歴史的に形成された状態であるが、法体系や政治制度をつうじて合法化されている。それが「通常的で正統的な状態」として住民によって共同主観化されているということだ。
統治秩序は、政治的・行政的制度としては〈中央政府〉を中心=頂点として地方の末端におよぶ階層序列または中枢=周縁関係をなしている。この中央政府とは、行政的執行装置だけでなく、司法・警察装置、議会装置、軍事組織を含む統治機能を担う組織である。
中央政府の上級官僚や議会指導者、軍上級将官は多くの場合、〈経済的再生産で最優位に立つ諸階級〉ないし富裕階層の家系出身者から補任されるか、あるいは、これらの階級と親密な人脈的・家系的ないし学閥的結びつきをもつ集団・階層から補任される。あるいは、政府組織の職階序列での上昇の経路や手続きや職場の人脈をつうじて、すでに存在する政府指導部の価値観や利害関心の共有化をはかるようになっていて、中・下層階級の出身者をも統治階級のなかに吸収同化していく。
このような文脈において、長期的視野で見れば、中央政府は、経済的に最優位の諸階級と利害を共有する密接な関係に置かれることになる。
統治秩序や支配諸階級ないし富裕諸階級の価値観が中・下層諸階級によって受容あるいは共有化されるうえで効果的に機能しているのは、過去の歴史や伝統を引き継ぎながら形成されている社会の知的・文化的装置だ。知的・文化的装置を構成するのは、大学を含む高等教育制度や学術、芸術、マスメディアなどのシステム、そして残存し続ける王室制度や身分制(貴族制)、中央政府による褒賞制度などだ。これらは、民主政レジームのなかで統治秩序を維持するうえで、きわめて重要な役割を演じている。
現代でも、西ヨーロッパでは王室――ならびに王族を高位の貴族家門に叙する貴族制――が存続する国家は、ブリテン、ネーデルラント、ベルギー、ルクセンブルク、スウェーデン、ノルウェイ、デンマーク、エスパーニャがあり、共和政をとる国家よりも数において優勢だ。そして、王室は北欧諸国のノーベル賞をはじめ、社会福祉、環境保護、学術芸術奨励などの文化装置の活動を補完・誘導する枢要な機能を果たしている。
中世晩期から王侯貴族たちは自らの権力や権威を誇示し飾り立てるために学術や芸術を庇護したり保護奨励し、その成果を享受する「高尚な文化空間」を演出し、より下層の諸階級を惹きつけ模倣させてきた。ブルジョワ国民国家はそれを受け継ぎ洗練させ、さらにマスメディアによる報道・慫慂をつうじて、高尚な文化や教養を享受することは「人間性や人格の陶冶」あるいは社会的地位・生活水準の上昇だと一般民衆に意識させてきた。
大学などの学歴制度も、メリトクラシーをつうじて一般民衆出身者の社会的地位の上昇の機会を提供する役割を果たしているが、教育課程のカリキュラムそのものが、やはり高尚な教養や文化への理解や親近感を培うことで、支配諸階級・富裕諸階級の価値観への接近や共有化をもたらすことになる。
また、中央政府装置の周囲には〈政策形成において強い影響力を認められた経済・産業団体や職能諸団体〉が各種の諮問機関や委員会として組織され、中央政府の立法・政策立案を補助することで、世論形成を誘導し、統治をめぐる社会的同意の調達を補完したりする。もとよりマスメディアの報道も、中央の影響力を地方や周縁的諸階級に伝導・伝達する役割を果たしている。これらの団体や組織はまた、政府装置と有力諸階級とのあいだの関係を取り持ち、利害の共有化をはかる機能をもつとともに、政府人員の補充や教育などの経路としての機能も付随的に遂行する。
ところでで〈文化的・精神的生活で大きな影響力をもつ出版・報道などのマスメディア・情報発信機関〉は、それ自体運営に膨大な費用のかかる経営体であり有力な経済的資産であることから、株式会社制度などをつうじて経済的に有力な諸階級によって所有され、また強い影響力を受けている。中央政府自体がこのような情報発信部門をもっている。
そして近代初頭には、〈教会組織〉もまた、きわめて有力な文化的・精神的な情報発信機関だった。とりわけプロテスタントの多くの宗派は、国民的教会を組織している。中央政府が管理し運営のために財政支出する〈公教育制度〉もまた、領土内の住民を統合するための――国民意識を育成する――情報を発信して住民の知的育成の過程に織り込み誘導する機能を果たす。
このようにして政治的に組織化され統合された住民集合――その内部では諸階級に分化している――こそは、すなわち〈国民〉であって、ひとつの国家の構成員としての〈国民意識〉をもち、領土の外部の国民=住民集合との対抗を意識するようになる。とりわけ国旗や国歌、王室の存在を国民的統合と国民的一体感の象徴とする制度の効用は著しい。国家形成と国民的統合の過程の持続によって、つまり長い年月のあいだには、住民は、国民意識や〈国民的利害(国益)〉をあたかも先験的な観念ないし当たり前の意識として保持するようになる。
このような政治的結集状態は、近代初頭には統治階級に限定されていたが、やがてしだいに市民的権利の一般住民への拡張にともなって、住民総体におよぶようになっていく。領土内の住民全階級への市民権の拡大は、市民個人・集団と国民国家との利害意識の共有ないし近似化を進めるために重要な基盤・背景となってきた。
しかしながら、国家装置の諸部門や統治秩序の諸環は必ずしも自動的に「一枚岩」のような一体性を保持しているわけではない。〈統治階級としての凝集性〉が形成されているということは、その内部での諸分派の利害闘争や優越争いを排除するものではない。
国家装置ないし統治組織の内部でのメンバーのあいだの「社会的分業」は、それぞれが直接担当する部門や機能に最も切実かつ直接的な忠誠心や利害意識を生み出すから、それぞれの部門あいだの競争意識や利害対立を生み出すことは避けられない。ということは、統治階級のうち最優位にある分派・部門によって、国家装置ないし統治組織としての凝集性を維持するために価値観や情報の伝達、説得、利害誘導、場合によっては威嚇などのはたらきかけが普段恒常的に行なわれているわけだ。
このように政治的凝集性を組織された領土内の圏域は、国家の軍事装置や国境の体系によって武装防護され、枠組みを組織された社会空間をなし、国家の軍事装置を中核として《政治的に組織された1個の独自の軍事的単位》をなしている。それゆえ、世界経済のなかで、〈諸国民国家はそれぞれ各個独立の軍事単位として関係=対抗し合う〉ことになる。というよりも、国民国家の形成(住民の国民的統合)過程は、世界経済のなかでそれぞれ一定の地理的範囲の住民集合=社会空間が、相互に対抗しながら、それぞれひとつのまとまった政治的・軍事的単位に組織化されていく過程であった。
この政治的・軍事的単位はまた経済的集合単位でもあって、多数の単位が世界経済のなかで経済的資源の生産・領有・分配をめぐって互いに競争し合っているのだ。つまり、この経済的競争は、諸国家間の政治的・軍事的な関係(戦争や同盟、侵略など)と絡み合った闘争であり、相互依存的で相互浸透的な並存関係なのである。
ところが第2次世界戦争後、西ヨーロッパと日本とオセアニアでは、アメリカ合州国のヘゲモニーのもとで軍事同盟が組織され、これらの地域の諸国民国家は軍事的単位としての自立性を失い、NATO、MSA、ANZASなどの同盟レジームを軍事活動や安全保障の枠組みとしている。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成